連載 Excel で解く化学工学10大モデル(化学工学, 2014/11〜2016/1 号) コラム

化学工学トリビア

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化学工学トリビア: 理論的な段数?

McCabe-Thiele 法で求められる「理論段数」とは”The number of theoretical plates (trays)”の訳であるので「理論段数」という意味である。しかし最近の化学工学の教科書では,
    「段数は整数にならないが,理論段であるから端数を生じてもよい」(2006 年出版)
    「得られた段数が理論的に必要な理論段数」(2010 年)
    「理論段数(theoretical number of stages)」(2012 年)(2006 年)
    「理論段数はあくまで理論的に要求される段数である」(2012 年)
など,著者が理論段数を「理論的な(計算上の)段数」と誤解しているような記述が多くみられる。これでは「理論段 (=理想段=平衡段=段を去る気液が平衡にある)」というMcCabe-Thiele 法の基本の仮定2 が見失われることになる。 筆者は本稿であえて「理論段の数」と書いて注意喚起しているつもりである。


化学工学トリビア: Overall heat transfer coefficient?

伝熱工学におけるこの用語の日本語訳は三つある。
@「熱通過率」,    A「総括熱伝達係数」,    B「総括伝熱係数」

「熱伝達」とは Convective heat transfer の機械工学での訳語であり,Heat transfer coefficient を「熱伝達率」とする。さらに 「総括 Overall」については機械工学ではなぜか「熱通過率」という別の訳語を使う。このためもあり,機械工学分野では似た語である「熱伝達(対流)」と「熱伝導」の区別がついていない学生が続出する。

もちろん化学工学ではHeat transfer coefficient が「(対流)伝熱係数」,Overall heat transfer coefficient が「総括伝熱係数」 と一貫している。

 化学工学では普通に「伝熱係数」を使っていればよいところだが,しかし残念ながら,化学工学でも機械工学の「熱伝達 率」に妥協した(?)「熱伝達係数」派が多くなっている。この延長でOverall heat transfer coefficient に(「熱通過率」はさすが になかろうということで)機械工学にはない「総括熱伝達係数」を造語して使うことにもなる。 実は化学工学便覧も1978年の4 版までは「伝熱係数」だが,5 版(1988 年)で「熱伝達係数」になって以来,最新の7 版 まで「熱伝達係数」である。また,ネット上のgoogle で各語句を検索すると,「熱伝達率」34 万件,「伝熱係数」15 万件, 「熱伝達係数」137 万件(!)と,もう大勢は「熱伝達係数」に決しているかのようである。

筆者は科内の卒論発表などで「熱伝達係数」が出るたびにクレームをつける頑固教員であるが,残念ながら孤軍奮闘であ る。それでも化学工学科が消滅しようとしている現在,化学工学の砦として言い続けたい。 「Overall heat transfer coefficient は総括伝熱係数です!」


化学工学トリビア:チイレとはおれのことかとシール言い

今回の「Thiele 数」のThiele の日本語読みは「チーレ」,「チール」,「ティーレ」,「ディーレ」などと教科書によりまちま ちである。(化学工学便覧は「チイレ数」。)しかし実はこのThiele は,蒸留の「McCabe-Thiele 法」の「シール」または「シ ーレ」と同一人物である。

 Ernest W. Thiele (1895-1993)はMIT の大学院生時代に,同じ学生のW.L. McCabe と蒸留塔の段数計算簡易図解法(1925)を 発表した。これはただちに化学工学モデルの代表となる。Thiele は卒業後Standard Oil に入社し,技術者として活躍する。 そして1939 年の論文4)で本稿の触媒有効係数の理論を提唱し,このモデルも触媒分野の基礎となる。

 このように Thiele の名が別の分野で教科書に載ることになった。このため,同じ人物にもかかわらず,ほとんどの日本 の化学工学の教科書では,その中でThiele 数とMcCabe-Thiele 法の日本語読みが異なっている。Thiele が同一人物であるこ とは世界的には化学工学者の常識であるので,日本語でも表記を統一したいものである。なおTransport Phenomena (Birdら, p. 555)(下図)にThiele の読み方は”tee-lee”であるとわざわざ書かれているので,やはり「シーレ」か?


化学工学トリビア: HETP

充填物の物質移動性能の指標がHETP( height equivalent to a theoretical plate)(理論段相当高さ)であり,充填物のカタログ に示されている。このHETP をうまく説明している教科書があまりないようである。

今回の常微分方程式モデルで吸収塔内の高さ方向濃度分布を示したが,この図を使うとわかりやすい。図に別の吸収塔内濃度分布を例示するが,この図で例えば位置 z=1.5 m の界面濃度xi-yiに関して,yiに等しい yの位置 z=1.8 m,およ びxiに等しい x の位置 z=1.0 m を決めることができる。するとこの間のZE=0.8 mの高さの充填塔区間を去るガス濃度y と 液濃度x は平衡である。よってこの高さZEの充填塔区間が「段を去る気液が平衡にある」という理論段に相当するといえる。これが 理論段相当高さ(HETP)の考え方である。


化学工学トリビア: 「ΔL 法則」のナゾ

SMPR モデルは晶析操作解析の基礎である。しかしそのもととなる「McCabe のΔL 法則」すなわち「結晶の線成長 速度G[m/s]は粒径によらず一定値」は直ぐ納得できるものではない。

一般に結晶の成長速度は濃度境膜厚さδ が支配すると考えられる。(図)撹拌槽内では溶液と粒子の相対速度がδ に影 響するが,その相対速度は粒子径により大きく異なるであろう。また,同じ G でも,粒子径が小さいほど面積あたりの結 晶する量は多くなくてはならないのでは,との疑問もある。

晶析の専門分野では既にこの点は多く議論されており,それによると,やはり核発生に近い微小粒子径ではこの法則が成 り立たないようである。実際,McCabe 自身もその教科書 4)では「この法則は 50〜500 μm の粒子にあてはまる」と引き気味である。となるとモデルの中心概念である結晶核個数密度n は架空の値ということになるのだろうか・・・


化学工学トリビア: 物質移動係数がわからない

今回をはじめ,化学工学では各単位操作で物質移動係数が登場するのだが,「物質移動係数がわからない」というのが学 生の声である。教える側がこんなことを言ってはいけないのだが,学生が物質移動係数でつまずくのもムリがないことと 思う。

伝熱係数[W/(m2 K)] は単位が1種類である。これに対して物質移動係数は単位操作毎に種々の単位で定義されている。例えばモル 流束NA [mol/(m2 s)]についても推進力(濃度)毎に,

など各種ある。(記号説明省略)モル流束以外に質量流束N*A[kg/(m2 s)],移動速度N’A[m/s]による定義などがあり,さらに 物質移動容量係数,総括物質移動係数など次々登場する。その結果,教科書中の物質移動係数は多くの定義が混在し,初学 者は混乱する。また物質移動係数は「妥当な値(オーダー)」がつかみにくいことも不安要因である。

そこで筆者は物質移動係数をモル濃度 cA [mol/m3] 推進力基準:

 の1種類(k [m/s] )を基本として教えている。 k [m/s]は境膜理論から拡散係数と境膜厚さの比 ( DAB/ δ ) として定 義できるので明確である。また,物性値である拡散係数と境膜厚さから物質移動係数の概算も容易である。あとは推進力 の濃度単位の問題なので,各定義毎に上各式の[]内のように取り扱う。こうすると「物質移動係数の種類」は少なくでき, 物理的意味も理解しやすいであろう。化学工学の普及のためにも物質移動係数は一般にもわかりやすいよう,なるべく簡 単に取り扱いたいものである。


化学工学トリビア:八田数のナゾ

定義に混乱があるとはいえ,英語の教科書に”Hatta Number”が出てくる(2,3)度に誇らしい気持ちになる。しかし普通引用されている原報( 1)は 1932 年のものである。当時世界的にも化学工学の黎明期であり,極東のしかも大学紀要論文が化学工学の本場に知られ,定番のモデルとして認められるようになったとは不思議なことである。この事情に関して只木先生が次のように解説している(4)。

1926 年東北帝大助教授に就任した八田四郎次は反応吸収の研究を開始した。「瞬間不可逆反応を伴うガス吸収」の研究 である程度の成果を得たのち,八田は 1929-1931 年に米国 MIT に留学する。そこで 1930 年 MIT 助教授に就任した T.K. Sherwood と知遇を得たことが幸運であった。八田は帰国後程なくここで述べた「擬1 次不可逆反応を伴うガス吸収」の理論を完成する(1932)。おそらく同時にその内容をSherwood に知らせたと思われる。そしてSherwood の初の著書 ”Absorption and Extraction”(1937)に本稿の八田の理論が詳述される(5)。化学工学の主要な教科書に記載されることで,八田の理論は早々 に化学工学に定着した。("Hatta Number”と呼ばれるのはもう少し後のことである。)

このように八田理論の普及には,八田とSherwood の個人的な交流が深く関係していたようである。程なくして日本は戦 時下に入り,学問的交流どころではなくなってゆく・・・

参考文献
1) Hatta, S. : Technological Reports of the Tohoku Imperial University (東北帝國大學工学報告), 10(4), 613, 630 (1932).
2) Welty, J.R., C.E. Wicks, R.E. Wilson, G.L. Rorrer: Fundamentals of Momentum, Heat, and Mass Transfer, 5th Edition, p. 470, John Wiley & Sons (2008).
3) Levenspiel, O.: Chemical Reaction Engineering, 3rd Edition, p. 534, John Wiley & Sons (1999).
4) 只木髣ヘ:化学工学, 45, 531 (1981).
5) Sherwood, T.K., R.L. Pigford: Absorption and Extraction, 2 nd edition, p. 324, McGraw-Hill (1952).


化学工学トリビア: Sc1/3のナゾ

境界層理論から導かれた式(11)は,界面の物質移動流束が Re1/2 に比例し,Sc1/3 に比例することを述べている。このうち Re の指数(1/2)は相似性から導かれ,理論的に(1/2)=0.50 である。一方Scの指数”1/3”のほうはどうなのか?教科書をあたってみると・・・

Cussler 2)およびPlawsky 3)は境界層内速度分布,濃度分布に3 次式を仮定して,δc < δ の条件下で  (δ/ δc) =Sc1/3  となることを一応証明している。

 しかし多くの教科書では Sc1/3 は数値計算結果の相関であると説明さ れている 4)。さらにさすが境界層理論の本場ドイツの教科書 5)には,より厳密な相関式として図中に示した式が紹介されている。 これと式(7)および本稿の常微分方程式解法シートによる計算結果とを図 で比較した。特にSc<0.1 で違いが大きくなるが,Sc>1 では5 オーダーに渡り2%以内で一致している。 結局,たまたま指数(1/3)で精度よく近似できるということなのだが, どうにも不思議なことである。


化学工学トリビア:どう違う濃度分極層,〜境界層,〜境膜

濃度分極モデルは膜濾過に特有のモデルであるが,この濃度分極層と物質移動操作一般で用いられる濃度境界層,濃度境膜との違いはどうなのかを例示してみる。

 ホエイ(主成分は乳糖)のナノ濾過操作 3)を想定して,膜面での溶質の拡散流束 DAB(dC/dx) が等しいことを基準にして図5 に各濃度分布と厚さ を比較した。
@濃度境膜は直線濃度分布である。 δ=41 μm であり,濃度分極層より薄くなる。
A濃度境界層は99%位置を厚さとすると, δ=64 μm である。対流項を考慮しているため,濃度分布はなめらかに溶液の溶質濃度に接続し,最も現象に近い。
B濃度分極層は膜面からexp 型の分布であり,これを厚さ δ=53 μm で溶液濃度Cbで切った特徴的な濃度分布である。ただし濃度分極層では膜面へ向かう透過液の流束Jvが常に存在することに注意する。


化学工学トリビア:化学工学の原典シリーズ

化工誌には以前本連載と似た趣旨の「化学工学の原典」という解説シリーズがあった。本連載と同じテーマも多い。現在は電子図書館でこれらの記事を直ぐ読むことができる。化学工学の復習に最適なので以下にお薦めする。

(巻(号),ペー ジ(年),「題名」)
44(10), 621 (1980)「過溶解度曲線をめぐるMiers とMcCabe の研究」
44(12), 778 (1980) 「二重境膜説について」
45(3), 191 (1981) 「金属面と沸騰水との間の伝達熱の極大値並びに極小値決定の実験」
45(6), 402 (1981) 「McCabe-Thiele の蒸留計算法」
45(8) 526 (1981) 「八田先生と化学吸収−八田数が生れるまで」
46(3), 179 (1982) 「近代粉砕理論研究のひきがね」
47(1), 45 (1983) 「j-因子とH.T.U−Chilton-Colburn論文とその背景」
47(5), 319 (1983) 「窯炉内放射伝熱」
48(2), 140 「RUTH の工業濾過理論誕生前後の頃」
48(9), 686 (1984) 「Danckwertsと表面更新モデル」
49(2), 141 (1985) 「最初に化学工学を日本に伝えたひと−吉川玉吉」
49(9), 731 (1985) 「流動化技術−W.K. LewisとE.R. Gillilandの研究」
49(11), 896 (1985) 「レイリー運動とマランゴニ運動」
50(12), 902(1986) 「Nusselt と膜状凝縮理論」
51(4), 305 (1987) 「表面化学の開拓者Langmuir」
51(7), 527 (1987)「乾燥機構の研究の展開(1921-1960)」
51(10), 768 (1987) 「Hildebrand の正則溶液理論とその化学工学熱力学への応用」
52(3), 232 (1988) 「Ranz-Marshall の式−球面外面の対流移動について−」
53(3), 210 (1989) 「混合拡散」 (本稿に関係あるので是非参照していただきたい)
53(8), 602 (1989) 「Murphree 段効率」
60(2), 137 (1996) 「化学反応における臨界異常」
60(11), 841(1996) 「抽出と界面現象」
61(9), 692 (1997) 「プロセス合成問題の原典」
62(11), 693 (1998) 「分布定数系の制御について」
同 「流動層内気泡中のガス濃度計測」

関連してこの記事も一読を勧める。
47(9), 590 (1983) 「代表的な無次元数とその研究者たち」


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