化学工学基礎 C物質収支T 連立方程式による解法


4.1 物質収支 (Material Balance or Mass Balance)

 プロセスにおける物質,エネルギーの収支がとれることこそ機械エンジニア,電気エンジニアと異なりケミカルエンジニアをケミカル エンジニアたらしめている特技,identity であることを強調したい .物質やエネルギーの収支を考える場面はミクロからマクロまで普遍的で、多く はモデル的考察が必要であり,そう簡単なことではない.それゆ え生産プロセスか
ら地球規模の環境問題まで,ケミカルエンジニ アの活躍分野がひろがっているのである.

 

収支計算では流量(流量計)濃度・組成(分析値)からプロセス 各部・各成分の流れの状態を推定(detect)する.基本は簡単な代 数ではあるが,複雑で注意深さが要求される仕事である.
 物質収支の基礎式は:
・(蓄積量)=(入量)−(出量)+(生成量)−(消費量)
 accumulation input output generation consumption

 工業的化学プロセスのほとんどは連続操作であるので,物質・ エネルギー収支問題多くは定常流通操作を想定している.定常状 態では系内の蓄積量はゼロで,(系への入量)=(系からの出量) .ただしこれは質量および,原子の数については必ず成立するが, 系内で反応が生じていると分子数およびモル数については考慮が 必要である.なお,問題中に=100kmolのように記される物質量 は流量:=100kmol/h の略記であることに留意されたい. 流量であるから「入」=「出」なのである.
・定常状態,反応無しの条件で (入量)=(出量)

4.2 物質収支問題の解析の手順 

・物質量は実際は「流れ(流量)」であることを念頭におく. =100kgは100kg/時間の意味。
物質収支問題を解くにあたっては組成,濃度を未知数とせず, 本講義のように各成分の流量で取り扱うのがコツである. (これは必ず役立つアドバイス)
・解き方の一般手順
  (準備)フローシートを描いて未知流れに x1,x2,x3・・・
   と未知数を割り当てる
  @全物質収支式
  A各成分収支式(全物質収支をとったら(成分数−1)箇)
  B(未知数の数)=(式の数)の確認
   (未知数の数)>(式の数)なら他の制約条件を加える必要
    がある
  C連立方程式を解く

4.3 混合物の組成

・気体は 体積分率=(分圧)/(全圧)=モル分率
・「分率(Fraction)[-]」と「百分率 ( percent)[mol%][vol%]」
・2成分系のモル分率と質量分率ωの関係:


・ppm(part par milion,1/106),ppb(part per bilion,1/109).
・ppm(parts per million),ppb(parts per billion)は%と同様に単 に分数を表わしているだけなので,気体については[分圧/全圧] すなわち体積分率,液体については[溶質-kg/溶媒-kg]すなわち 重量分率を表わしている.(例:「水中の空気中の酸素の溶解 度は8.8ppm」はどちら?)混乱しやすいので注意が必要. 特別に,水に溶解している物質については[水中のmg数/水1l] がppmと理解されている.


【例題4.1】
大気の標準組成はO2 20.99%, N2 78.04%, CO2 0.03%  Ar 0.94% である.(同温度,同圧における体積%)空気の 平均分子量と標準状態における密度を求めよ.

【解】
大気圧,常温の気体は理想気体とみなせるので,体積分率=モル分 率.
計算基準:大気の1mol

よって大気の平均分子量,平均モル質量は=28.966g/molである. なお,燃焼などの工学計算では大気をO2 21%,不活性気体79%の組成,平均モル質量29g/molとして扱う. また,大気の密度は,


【例題4.2】
お酒のアルコール(エタノール)濃度は特別な体積分率「酒精度」 の%で表されるが,その定義は「混合液100容積から得られる純アル コールの容積」である.5.5%と表示されているビール中のアルコー ルモル分率は? ただし,このビールの密度は 0.991g/cm3 ,エ タノール(分子量 46.07 g/mol, 密度 0.798 g/cm3) 水 (分 子量 18.02 g/mol, 密度 1.00 g/cm3)である。

【解】760cm3のビールより 760×0.055=41.8cm3 のエタノールが得られる.これは,41.8(0.798g/1cm3)cm3=33.35g=0.724mol .はじめのビール重量からこれを引いたのが水の重量:
 760×0.991-33.35=719.81g=39.94mol
よってモル分率は 0.724/(0.724+39.94)=0.0178モル分率 =1.78mol%
なお,純エタノール,純水としての体積は各々  41.79cm3,719.81cm3 .合計 761.6cm3で混合物より大きく,水 とエタノールは混合により体積が減少する.また,混合前の体積分 率は5.487vol% となり,表示と2.5%ほど異なる.


 

4.4 混合の物質収支


【例題4.3】
弱くなった電池の硫酸(H2SO4)濃度は12.42%であった.この液 に77.7%H2SO4を200kg 加えて18.63%とした.電池中の硫酸の 量は?


【解】
濃度を各成分の量に直して上図.
@全体の収支 x 1+200=x2
A各成分収支のうちH2SO4収支(全体の収支をとったので成分
収支は2-1個)
0.1243 x1+155.4=0.1863 x2
B未知数2,式2 でOK!


 

4.5 分離操作の物質収支


【例題4.4】(乾燥)
湿った紙パルプに水が71%含まれている.乾燥により水分の60%が除 去された.乾燥パルプの組成を求めよ.


【解】
基準:原料湿りパルプ1kg
@全体の収支  1= x 1+ x 2+0.426
A各成分収支(2-1個)乾燥パルプについて   0.29= x 1
B未知数2,式2 でOK!


【例題4.5】(乾燥) 
魚肉処理工程で,80%の水と20%の乾燥ケーキ(Bone Dry Cake)からな る魚肉を乾燥する.100kgの水を除いたら水分は40%となった.乾燥 器に送入した魚肉の量は?

【解】
@全収支    x 1=100+ x 2
A水収支 0.8 x 1=100+0.4 x 2
Bよって  x 1=150kg, x 2=50kg


【例題4.6】(晶析) 
硝酸バリウムの溶解度は100℃で34g/100g H2O,0℃で5.0g/100g H2O である.100gの硝酸バリウムで100℃の飽和水溶液をつくる にはいくらの水が必要か.この溶液を0℃に冷却すると硝酸バリウム がいくら析出するか.


【解】
@全体の収支    x 4+100= x 1+ x 2+ x 3
A各成分収支(2-1個) 水について x 4= x 1
B(他の制約条件)溶解度の条件より,
100/ x 4=34/100→ x 4=294.1
x 3/ x 1=5/100→20 x3= x 1
Cよって  x 1=294.1, x 2=85.3, x 3=14.7


【例題4.7】(蒸留 2成分1塔) 
1000kgの醗酵液(10wt%エタノール水溶液)をポットスチルで10%蒸 発させ蒸留酒(60wt%エタノール水溶液)を得る.残った液の組成を 求めよ.


【解】
@全体の収支 1000= x 1+ x 2+ x 3
A各成分収支(水について) 900=0.4 x 1+ x 3
B制約条件     1000×0.1= x 1
以上より, x 1=100,  x 2=40,  x 3=860.残液の組成はエタ ノール4.4wt%.


【例題4.8】(蒸留 3成分1塔) 
酢酸20wt%,水80wt%の溶液から酢酸を分離するために,これにベン ゼンを加えて3成分として連続蒸留塔で分離する.塔底から酢酸の みが得られ,塔頂からは酢酸10.9%,水21.7%,ベンゼン67.4% の混合 液が得られた.加えたベンゼンの量は?


【解】
基準:水溶液1kg
@全体の収支   1+ x1= x2+ x3
A各成分収支(3-1) 酢酸   0.8=0.109 x2+ x3
         ベンゼン    x1=0.674 x2
以上より, x1=0.621, x2=0.921, x3=0.699.


4.6 複数装置プロセスの物質収支


【例題4.9】(蒸留 4成分3塔)
メタノールプロセスの蒸留工程では図のような組成の粗製メタノー ル(水,メタノール,高級アルコール(1成分として扱う),低沸 点成分(1成分として扱う))を3つの蒸留塔で精製する.各塔は 適当な還流比で運転することにより,次の分離をおこなう.
第1塔:塔頂より低沸点成分を分離.その際,メタノールが同伴さ れ,この塔頂留出液の組成はメタノール 0.93,低沸点成分 0.07.
第2塔,第3塔:各成分を完全分離.
原料を流量 1kmol/s で送入した場合,図中の未知流量 14
(kmol/s)を求めるための連立方程式を書きなさい.


【解】
基準:原料流量1kmol/s
総括収支(メタノール)  x2x3
第1塔まわり収支   x1x4+0.001+0.001
第2塔まわり収支  0.07 x1=0.001
第3塔まわり収支   x4x3+0.001+


【例題4.10】(蒸留 4成分4塔)
メタノールプロセスの蒸留工程では図のような組成の粗製メタノー ル(水,メタノール,高級アルコール(1成分として扱う),低沸 点成分(1成分として扱う))を4つの蒸留塔で精製する.各塔は 適当な還流比で運転することにより,次の分離をおこなう.
第1塔:塔頂より低沸点成分を分離.その際,メタノールが同はんされ,この塔頂留出液の組成はメタノール 0.93,低沸点成分 0.07.

第2塔:塔頂よりメタノール,塔底より水を得る.中段より高級ア ルコールを分離.その際水,メタノールが同はんされて,この中段留出液の組成は,メタノール 0.92,水 0.035, 高級アルコール 0.045.
第3塔第4塔:各成分を完全分離.
原料を流量 1kmol/s で送入した場合,図中の未知流量 18
(kmol/s)を求めるための連立方程式を書きなさい.


【解】
基準:原料流量1kmol/s
各配管の流量をx1x8とする.ただし, 第4塔塔頂,第3塔中 間出口は各々0.001である.


未知数8,式8でOK!.これを行列形式で書くと,


C物質収支T のまとめ

必修事項7. 物質収支問題解析の手順
必修事項8. 複数装置プロセスの物質収支【例題4.10】


演習 連立方程式による分離の物質収支

【4.1】(蒸留 2成分1塔) 1000kgの醗酵液(0.1エタノール重量分率水溶液)をポットスチルでA重量分率(Aは指定0.08-0.13) 蒸発させ蒸留酒B重量分率(0.6-0.7)エタノール水溶液)を得る.残った液の組成を求めよ。指定の様式で解答せよ。

【4.2】(濃度の変換)2成分混合液がある。第一成分の分子量をM1[g/mol]、第二成分の分子量をM2[g/mol]とする。第一成分基準のモル分率がx のとき、平均分子量と質量分率を表す式を書きなさい。

【4.3】 (濃度の変換)水とエタノールの混合液がある。水の分子量 M2=18 g/mol、エタノールの分子量 M1=43 g/molである。エタノールのモル分率 x = 0.05を質量分率ωに換算しなさい。

【4.4】 (水中の溶存濃度)以下の水中の溶存濃度をモル分率に換算しなさい。(水の分子量:M2=18 g/mol)
酸素(M1=32 g/mol) 8 ppm
塩素(M1=70.9 g/mol) 0.1 ppm
トリクロロエチレン(M1= 131.4 g/mol) 20 ppm
NaCl(M1=58.4 g/mol) 3.5 mg/L
NaOH (M1=40.0 g/mol) 0.1 M/L

【4.4】下記の反応により排煙中のSO2を除去する。
Mg(OH)2+S2 → MgSO3+H2O
2000 ppmのSO2を含むガス2.0×105 m3/hを処理するのに必要な 5 wt% Mg(OH)2水溶液はどれほどか。(浅野)


inserted by FC2 system