熱力学第一法則とははエネルギー保存則のことで,エネルギーは 新たに創り出すことも消滅させることもできないことを述べている。
エネルギー保存の概念は19世紀半ばにJ.P.JouleやJ.R. von Mayer らによって確立された。さらにエネルギーと質量とは形態が違った 同一物であることがA. Einsteinによって示された.この関係は ΔE =c 2Δm である. (E:エネルギー,m:質量,c :光速度 2.998 ×108 m/s) しかし,一般の化学反応の代表として炭化水素の燃焼反 応を例にとれば,燃焼により発生するエネルギーはΔE = 50 MJ/kg程 度であり,これは上式によると Δm =0.6×10-9 kg/反応物kg であ る.よって,核反応以外の化学プロセスにおいては実験的に観察さ れる精度で物質保存則とエネルギー保存則が個別に成立するとしてよい。
閉じた系のエネルギー収支:熱力学第一法則は閉じた系にたいして
次の形式で表わせる.
ΔU +ΔK +ΔP =Q
-W
右辺は系内の質量にともなう全エネルギーで,内部エネルギーU,
運動エネルギーK,位置エネルギーP
に分ける.左辺のようにエネル ギーは二つの様式,熱(Q
)と仕事(W )によって系の境界を通して輸 送される.
ここで, 内部エネルギーU は系内の質量mの物質によって維持 されるすべてのエネルギーを意味する.内部エネルギーには,原子 核のまわりを回転している電子の運動エネルギー,核と電子あるい はこれら相互間の引力による静電気ポテンシャルエネルギー,分子 内電子の振動エネルギー,多原子分子の回転運動エネルギー,分子 間力によるポテンシャルエネルギー,個々の分子の運動エネルギー などが含まれる.内部エネルギーは物質の状態(温度,圧力,組成) の関数である.
運動エネルギー K
は物体の重心の運動の特性であり, 質量m の
重心が速度v で移動すると,
K=(1/2)mv2
である.個々の分子の運動エネルギーは含まない. 重力加速度が
gである重力場における高さzの質量m
の位置エネルギ−は,
P=mgz.
【例題10.1】
7.5 m/sの速度で動いている質量 1 kgの物体の持つ運動エネルギーは,
また,2.87 mの位置の質量 1 kg
の物体の重力による位置エネルギーは,
P= mgz =1・9.8・2.87=28.1 J
一方,1 kgの水を10℃加熱するに必要な熱は10 kcal=41.8 kJ である.
これらを比較すればΔKやΔP
は熱の効果に比べて多くは無視できる.相変化や化学反応を含むプロセスではΔU は質量1 kgあたり数100〜数1000 kJ程度である
熱Q は系がある状態から他の状態へ変化が生じたとき吸収する熱 で,熱伝導や放射などの機構で高温域から低温域に移動するエネル ギーである.
仕事W は系が外界にした仕事として定義する.(逆の説明法もあ
る)仕事には容積仕事,機械的軸仕事,電気的仕事があるが,ここ
では容積仕事のみを扱う.容積仕事は変位x と力F
の積である.系 の容積変化により系外界にした仕事Wは,
dW= -f(力)×dl(無限小距離)=
-P(圧力)A(面積)dl=-PdV
である.
系が外界にした仕事は系が収縮の場合正、膨張の場合負とする。例えば温度一定下で系を膨張させた場合内部エネルギーの減少分外 界から熱Qを吸収する必要がある.また,圧力一定で系に熱を加え ると内部エネルギーの増加とともに体積の増加により外界にたいし て仕事をする.
理想気体ではP =RT/V だから
理想気体は10倍の膨張によって、W =-RT ln10= -5229 J/molの仕事をする。ここでは気体定数はエネルギーの項として現れている。これにより,気体定数R は気体の体積変化とそれによる仕事(エネルギー)の換算係数であることがわかる。化学系のエネルギーはその体積に依存するのである。
【例題10.2】4シリンダーの4サイクルエンジンが2800 rpm (round per minute)で動いている。圧縮・膨張行程でのシリンダ内の容積V [m3]と圧力P [Pa]の関係が図(インジケータ線図)のようであった。エンジンの出力を求める。
(解)V-P図で曲線とx軸で囲まれた面積が仕事W
となる。圧縮曲線と膨張曲線下の面積の差が外部になされる仕事である。この面積を図積分で求めると、0.435であり、
0.435×(106Pa)×(10-3m3)=435
Pa・m3=435 (N/m2)
・m3= 435 N・m =435 J
である。エンジン一回転毎に2つのシリンダが働くのでエンジンの出力は以下となる。
435 J×2×(2800/60 s)=40.5x103 J/s =40.5 kW
このようにエンジン出力はシリンダーの容積と圧縮比に依存する。
エンタルピー H の導入:化学プロセスでは運動エネルギーK,
位置 エネルギーP
が無視できるので,第一法則は次の簡単な形式となる.
Q =ΔU−W =Δ(U+pV)
[J]
そこで,H =U+pV を エンタルピー H と名づける.エンタルピーは状態量で経路によらない.
エンタルピーの日本語訳は熱含量である。「熱含量」の語句の使用は今日一般的ではないが、エンタルピーの意味を良く表す名訳である。
体積一定のもとでの変化は,
Q =ΔU (熱の出入りは系の内部エネルギー変化に等しい)
だが,圧力一定で体積が変化する場合では,
Q =ΔH (熱の出入りは系のエンタルピー変化に等しい)
熱力学ではこの変化が多い.化学反応,相平衡(融解,蒸発)はこ
の条件を満足している.
【例題10.3】 水 1 mol を沸点で蒸発させる場合のエンタルピー変化および内部 エネルギー変化を求める.水の蒸発潜熱は 40.7 kJ/mol.
(解)
ΔH =Q= 40.7 kJ, ΔU =ΔH-pΔV
= 37.6 kJ (ΔV =(水蒸気容 積)-(水容積))
開放系(流通系)の熱力学第一法則−定常状態操作
以上は閉じた系の関係だが,開放系である化学プロセスのエネルギー収支は流入,流出のある開放系の境界(検査容積)でとられる.
上図のような開いた系に対するエネルギー収支を考える.(定常状
態すなわち蓄積なし)ただし,H^:流体の比エンタルピー[J/kg]
, U^:流体の内部エネルギー[J/kg] , m:流入または流出質量(=ρ
1S1v1=ρ2S2v2)[kg/s],
v :流速[m/s], Q: 反応で発生し外界に出る熱[J/s], W
:外界から与えられる 仕事[J/s], S :検査面の断面積[m2],である.
検査面@を通して系内に流入する反応物は内部エネルギーと運動
エネルギーを持ち,同時に検査面を通して系にP1S1v1なる体
積仕事を与えるので,検査面@を通して系内に流入する全エネルギ
ーE1は,
となる.一般に化学反応あるいは相変化にともなうエネルギー変化
は運動エネルギーや位置エネルギーの変化が無視できるほど大きい.
また,外界からの仕事も外界から出入りする熱に比べて無視できる.
(Q》W)よって,
である.よって,エンタルピーHを用いることで,流通系のエネル ギー収支は近似的に閉じた系の収支式と相似な形式であらわせる. 以上の理由から化学プロセスのエネルギー収支はエンタルピーの収 支で取り扱う.
・熱容量とH およびU の関係
気体において圧力一定の変化と容積一定の変化で吸収される熱は
異なる.
【例題10.4】25℃, 1 mol のHe を100℃までピストンにつめて大気圧下で加熱す る場合と,オートクレーブ(圧力容器)につめて加熱する場合とに 要する熱とをそれぞれ求める. Cp =20.8 J/(K・mol) とする.
(解)
Qp =ΔH =20.8(373-298) = 1.59 kJ,
QV =ΔU = (20.8-8.31)(373-298)= 0.94 kJ
【例題10.5】空気の定圧熱容量CPと定積熱容の量CV比は
である。空気を一定圧力で熱するとき、与えた熱量Q のうち、圧力にさからって体積膨張したことによる仕事の割合を求める。
解】空気の温度がdT上昇したとき、空気
1 molが吸収した熱量は。
体積膨張による仕事は、pdV。
状態方程式より、
だから、
およそ1/3である。
気体の熱容量とエンタルピー変化ΔH^の計算
定圧熱容量Cp [J/(mol・K)] ル当り)(=定圧比熱,定圧分子熱)を用いて,
気体のエンタルピー変化を計算する方法は3つある.
1:Cpデータの数値積分
2:Cpの相関式(多項式) Cp=a+bT+cT2・・・の直接積分
3:平均熱容量Cpm の利用 (基準温度に注意)
エンタルピー変化には上記の顕熱変化(Sensible Heat)と相変化 に伴う潜熱変化 (Latent Heat)がある.相変化を含むプロセスのエ ンタルピー変化の計算では,エンタルピーが経路によらない性質で あることが利用できる.
【例題10.6】
水 1 mol を0℃の氷から120℃, 100 kPaの蒸気にする際のエンタルピー
変化を求めよ。ただし,
潜熱:ΔH ^融解 =6019 J/mol, ΔH ^蒸発
=45050 J/mol (0℃), 40635 J/mol( 100℃)
平均熱容量:Cpm ( 0〜100℃液)= 4.18 J/(g・K)= 75.3
J/(mol・K),Cpm (100〜120℃蒸気)= 33.9 J/(mol・K) ,Cpm(0〜120℃蒸気)= 31.7 kJ/(mol・K)
(解)@100℃で蒸発するとした計算.
ΔH^ =ΔH^融解+ΔH^液0〜100℃ +ΔH^蒸発100℃+ΔH^蒸気100〜120℃
=6019+75.3*100+40635+33.9*20 =5 4.8 kJ/mol
A0℃で蒸発するとした計算
ΔH^=ΔH^融解+ΔH^蒸発 0℃+ΔH^蒸気0〜120℃
=6019+45050+31.7*120 = 54.9 kJ/mol
【演習レポートI】 気体のエンタルピー
(問題)炭酸ガス CO2 1 molを
@: 100℃から800℃ ,E: 200℃から1400℃
A: 100℃から1000℃ ,F: 200℃から1500℃
B: 100℃から1400℃ , G: 400℃から1200℃
C: 200℃から800℃ , H: 400℃から1400℃
D: 200℃から1000℃ , I: 400℃から1500℃
まで加熱する場合のエンタルピー変化ΔH ^[ kJ/mol ]
を3種の方
法で求めなさい.
@下図のデータより各温度とT0= 25 ℃間の平均熱容量 Cpm を推定してにより求める.
A熱容量式:Cp [J/(mol・K)]= 29.0+ 42.27×10-3T -14.25×10-6T 2 (ただし,温度Tの単位は[℃])の積分により求める.