パソコン上の道具による化工計算 はじめに
計算尺→電卓→パソコンと進歩したケミカルエンジニアの道具
ケミカルエンジニアがおこなう「化工計算」は資料(データベース)としての化工便覧と道具としての電卓・集計表・グラフ用紙でなされてきた。しかしパソコンの性能向上とインターネットの普及により、エンジニアの日常業務は企画・報告書などの文書類から連絡まで、手元のパソコンとネットワーク上でなされるようになった。このような環境のなかで、化工計算に使用可能な「道具」として、表計算ソフトに始まり、方程式解法ソフト、プロセスシミュレーションソフト、さらには流体解析ソフトまでが各自のパソコン上で使えるようになっている。今後はエンジニアの必須のスキルとして、これらの各種「道具」の特徴を知り、この仕事には表計算、この仕事にはプロセスシミュレータ、と仕事の場面場面で適切に使いこなしてゆくことが必須となるであろう。このような環境変化は急速であったため、残念ながら大学の化学工学教育課程は未だに電卓と図式解法から進歩しておらず、このような新時代の化工計算の教育法は未整備の段階である。
本講座ではそのような今後の情報技術を基盤とした化工計算のありかたを提示することも含め、なるべく広範囲の化工計算トピックスについて、@プロセスシミュレータ、A方程式解法ソフト、B表計算、Cホームページプログラミング、の4つの「道具」で解析する方法を講義・演習する。そのなかで各「道具」の使いこなし法と特色があきらかとなる。
なお、Cホームページプログラミングは一般にはなじみのない言葉である。一昔前は「情報処理」を学ぶことはFORTRANなどのプログラミング言語を学ぶことであった。パソコン時代になってもBASIC言語が付属していたので、BASICによるプログラミングを必ず学習していた。しかし表計算ソフトがあれば、初級のプログラミング程度の仕事は、プログラムを作成するまでもなくおこなえる。そのため表計算ソフトが手軽に使える現在では、化工計算演習でのプログラミング教育は廃れてしまった。
このようにあまり接する機会のなくなった「プログラミング」ではあるが、しかし実は現在のパソコンの主たる使用法であるインターネットのブラウザにBASIC(VBScript)やC言語(Java, Java Script)が標準で付属しているのである。これを計算の道具として利用することを「ホームページプログラミング」と呼ぶこととする(注)。さらに表計算ExcelにもBASIC言語が付属している。表計算ソフトだけでは数値計算では限界がある。かといって方程式解法ソフトを持ち出すまでもない。その程度の問題に対する技術計算の「道具」として、これらの無料で使用できる言語がもっと活用されてよい。ブラウザ上のVBScriptとExcel上のVisualBasicは基本的に同じ言語なので、同一のプログラムを両方で使うことができる点も特徴である。これらはネットワーク上の無料のプラットフォームとして、インターネット時代のケミカルエンジニアの「道具」共有の方法としても注目したい。
化工計算とは「方程式を解くこと」
ケミカルエンジニアの主要な守備範囲は以下のようである。
・プロセスの物質・熱収支(化学工学量論、化学工学基礎、化学プロセス計算)
・分離プロセス設計(拡散分離操作、移動論)
・反応工学(反応工学)
これら多岐にわたる「化工計算」を計算という観点から整理すると、いずれも
・物性値データベースないし推算法 + プロセスのモデル化(数式化)と解析
のふたつで成り立っている。そして後者の解析法は、
・連立方程式(多変数、線形)
・非線形方程式(1変数)
・連立非線形方程式
・微分方程式(1変数、多変数)
・偏微分方程式
を解くことに帰着される。化工計算伝統の「図式解法」も連立非線形方程式を図上で解く偉大な工夫であった。しかし現在のエンジニアはパソコン上の各種道具によりこれらを取り扱える。
各計算に使える「道具」は、
・表計算
・方程式解法ソフト
・プロセスシミュレータ
・ホームページプログラミング(BASIC言語)
・流体解析ソフト
などであり、これら各道具と扱える範囲は以下のようである。これからのケミカルエンジニアはこのような各々の道具の特徴を知り、適切に使い分けることが必須のスキルとなる。(○:得意、×:不得意、△:使える場合もある。)
表計算 |
方程式解法ソフト | プロセスシミュレータ |
ホームページプログラミング |
流体解析ソフト | |
連立方程式(多変数、線形) | ○ | ○ | ○ | ○ | |
非線形方程式(1変数) | ○ゴールシーク | ○ | ○ | ○ | |
連立非線形方程式 | △ソルバー | ○ | ○ | ○ | |
微分方程式(1変数、多変数) | × | ○ | × | ○ | |
偏微分方程式 | × | △ | × | △ | ○ |
物性値データベースとの連携 | △ | × | ○ | × | △ |