化工誌 2012_10号巻頭言

伊東 章 (副編集長)


10月号恒例である化学工学年鑑の2012年版をお届けします。本号もはじめに化学産業界,教育・研究動向を概観し,以降化学工学会の14部会の御協力により各専門分野の国内外の研究・技術動向と展望について解説していただきました。この最新の年鑑で化学工学の全分野における最新動向を把握していただけるものと期待いたします。

本号を含め化学工学誌は井村編集委員長のもとで1年半余り編集をおこなってきました。昨年10号に井村編集委員長が編集方針をお書きになりましたが,「気楽に読んで趨勢を理解できる」,「基礎教育に関する情報発信」などの編集方針のもと,誌面の充実に努めているところです。いまのところは読者のご期待に相応に応えられているのではないかと考えております。

ところで当方はこの2年余り化工誌の「75周年記念増刊号」の編集委員も兼務しておりました。7月にお手元にお届けしたこの大部の記念誌の化学工学教育の章を編集担当し,「化学工学科の変遷」という記事も執筆しました。これは全国46大学の化学工学関係学科について調査をおこない,設立から現在への変遷を一覧表にしたものです。確かに30年前に24を数えた「化学工学科」は2大学になっており,化学工学が見えにくくなっているのが現状です。(大阪府大がH24年度から改組して遂に「化学工学科」は1大学(当大学)になってしまいました。)

現在多くの大学では学生は化学系として入学し,化学工学は他の分野と並んで学生から選択されるコースのひとつとなっています。筆者も初年次学生へ化学工学をいかにアピールするかに長年留意してきました。化学工学は「化学系のものづくり」を担う技術者教育に特徴があること常に強調しているところです。

このように機会あるたびに化学工学をアピールしているところですが,すると逆に化学工学教育がそれに足るものなのかとの反省に迫られます。これまでは,@見たこともない装置を設計計算するのが化学工学A膨大な化工計算の「修行」を強要するのが化学工学,というイメージであり,実際筆者の受けた化学工学教育もまさにそうでした。化学工学を自信をもってアピールするためには,先ず自らこれらを改善しなくてはならないことに至りました。

 @「見たこともない装置」対策としては見せればよいわけです。講義や演習のたびに関連の実物化学プラントのビデオを見せてイメージを持ってもらいます。しかし例えば工場見学で「講義用にプラントのビデオを撮らせてください」と申し出ても,先ず断られるのはご承知のとおりで,工場のビデオ取材は困難です。しかし15年の活動で,なんとか10余りの化学プロセスについてビデオ資料をネット上に掲載することができました。幸いこの活動は今回の75周年記念行事に加えていただき,現在は化学工学会のホームページ内に「Web版化学プロセス集成」として掲載されています。この活動は継続していますので,この機会に改めて取材ご協力をお願いする次第です。

もう一方のA「化学工学は計算の修行?」対策としては,表計算Excelに着目し,化工計算をExcel上で手軽におこなう教程を工夫してきました。Excel上での方程式解法のため,連立非線形方程式解法での ソルバーの活用,常微分方程式解法シートの開発,シート上の偏微分方程式の差分解法を試みてきました。特にVBAで作成した「常微分方程式解法シート」はプログラミングなしで連立常微分方程式が実用精度で解けるものであり,化学工学のみならず工学教育を様変わりさせるツールではないかと密かに思っています。これらは著書「Excelで気軽に化学工学」,化工誌連載「続Excelで気軽に化学工学」,さらに化工便覧第7版付属Excelシートとして,一般にもアピールしているところです。

このように従来の化工計算の修行がExcel活用で気軽になると,そこで見えてくるのは化学工学の各種数式モデルそのものです。複雑な現象・プロセスの支配要因を見きわめモデル化する,その手法こそが化学工学特有の魅力,アピール点であることが浮かびあがってきます。現在の筆者の関心はこのような観点からの化学工学の再整理であり,現象を解析する「眼」としての新しい化学工学の姿を見せたいと考えています。


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