流体運動の記述:ナビエ・ストークスの式

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粘性流体の運動方程式:ナビエ・ストークスの式

流体は物質、運動量およびエネルギー保存則にしたがって流動する。この保存則を厳密に定式化すればそれは現象を支配する方程式(基礎式)となり、これを数学的に解くことで、現象を理論的に予測できる。粘性流体の流れを支配する運動量収支式すなわち流体の運動方程式をナビエ・ストークスの式という。

ナポレオン時代のフランスにおける一流の土木・架橋技術者であったナビエNavier(1785-1836)は、1822年、粘性を考慮した流体の運動方程式に関する論文を仏学士院に提出した。しかし不幸なことにこの論文は世に知られることなく過ぎた。1845年に英国の数学・物理学者ストークスStookesが一般的に式を導き、しかも種々の場合の解も示した。そのためこの粘性流体力学の基礎式はナビエ・ストークスの式と呼ばれる。これから粘性流体の力学の歴史が始まる。この粘性流体の運動方程式を運動量収支から導く。

流れにおける物理量の変化

いま時刻t において流れ場の任意の点(x,y,z)における物理量がAであるとすると、At, x, y, zの関数で、Aの変化量δAはテーラー展開により、

流体の速度x, y,z  方向の成分 u, v, w は、 などであるから、A の時間変化は次式となる。

このことから流体力学では、偏微分演算子を導入して、物理量A の変化を次のように書く。

(物理的には真の加速度を示すD/Dt は、局所加速度∂/t と対流加速度の和の意味。)

ナビエ・ストークスの式

力学においては物体の運動方程式(equation of motion)はニュートンの運動第二法則で記述され、(質量)×(加速度)=(物体に作用する力)である。この法則は別の言い方では「系における運動量((質量)×(速度))の変化はその系に作用する力に等しい」という運動量保存則になる。流体についてもこれが成り立ち、単位質量の流体についての運動方程式の表現は、
(運動量変化)=(流体に作用する力)=(質量力)+(表面力)
である。

左辺の流体の単位質量あたりの運動量変化=加速度は(Du/Dt, Dv/Dt, Dw/Dt)であるので上式を、

 であらわす。

流体に作用する力は図の直交座標系で微少体積要素を考えると、x 方向のせん断力が、

方向の体積力(重力)が、。これらを加えて、

すなわち、

極限をとり、

。よって、

同様にy方向、z方向についても次式となる。

これに非圧縮性流体におけるせん断応力と変形速度との関係:

を代入する。さらに「第二粘性項」(例えばx 方向では ) を非圧縮性(ρ一定)として省略する。得られた次式が非圧縮性のニュートン流体(μ一定)におけるナビエ・ストークスの式 (Navier-Stokes equations)である。

例えば直交座標での x-成分を全て書くと次式:

例えば円柱座標での z-成分を全て書くと次式:

式の右辺は慣性力(質量と加速度の積のこと)、左辺第一項は外力(重力)、第二項は圧力勾配による力、第三項は粘性力を表わしている。ナビエ−ストークスの式はこれらの力の平衡を表わす式であるとも言える。

したがって(重力は考えないでおくと)流体中の微小要素に働く力は、慣性力圧力粘性力の3つである。この3つがつりあっているので、2つが決まれば残りも決まる。粘性力が小さい場合には流れは慣性力圧力により支配される。その極限が理想流体の流れとなる。慣性力が小さい場合(遅い流れの場合)には流体場は圧力粘性力により支配される。(Stokes近似。)普通は粘性力も慣性力もどちらも影響するが、その相対的影響度を示すのがレイノルズ数Re =(慣性力)÷(粘性力))である。

基本的には乱流を含むあらゆる流れの問題は、連続の式:

とナビエ−ストークスの式の両式を基礎式として解かれる。(温度により密度が変化する場合などはこれとさらにエネルギー収支式(伝熱の式)とを連立させて解かなくてはならない。)

しかしこの方程式は時間と位置に関する偏微分方程式であるため、式の数学的解析解は非常に限定した条件でしか求められない。これまで簡単な流れ場と境界条件に対し70程度の厳密解が示されているのみである。このため最近まで 、この式自身が流体の問題を解くのにさほど寄与したとは言い難い。粘性流体力学の実際問題への適用はプラントルPurandtlの境界層理論(1904)の登場からである。 境界層理論の粘性を考慮する場を固体表面に限定する、という画期的アイデアのおかげで粘性流体力学が実用の道具となり、実用上の諸問題の解決に多大の貢献をしてきた のである。

もちろん境界層理論に次ぐ画期的なできごとが今日の数値計算法の発展である。これにより初めて我々はナビエ・ストークスの式を数値的にではあるが直接解けるようになった。今日ではこの式の数値解を乱流・非定常を含むあらゆる条件で得ることができるようになった。

ナビエ・ストークス式の数学的厳密解

ナビエ・ストークスの式の実用上有用な数学的厳密解がえられる場合はそれほど多くなく、よく教科書にのっているのは以下の程度である。

  1. 平行流(一方向の流れ)
  2. ポアズイユの流れ(管内層流)
  3. レーリーの問題(平面壁の定常および非定常(単振動)運動)
  4. 渦糸の減衰
  5. 平行平板間の2次元ポアズイユ流れ
  6. よどみ点付近の流れ
  7. 同心回転円筒間の流れ(クエット流)
  8. 回転円板による流れ

平行平板間のクエット-ポアズイユの流れ

二枚の平行平板間の定常な流れを考える。板の一方は静止し、他方はUの速度で運動している。するとナビエ・ストークスの式は簡略化され、

となる。yのみ、pxのみの関数であるから、これはそのまま常微分方程式:

となる。境界条件は、            y=0: u=0

                                           y=h: u=U 。

解は積分により容易に得られ、次式となる。

この解は単純せん断流れ(第一項、クエット流れ)と放物線流速分布(第二項、ポアズイユ流れ)の重ね合わせである。無次元圧力勾配の正負により形が変わり、Pが-1より小さくなるとu/Uが負となる逆流部が生じる。

また、クエット流れについて図のような座標の取り方をすると、速度分布が、。z方向の単位幅当たりの全流量は、。平均流速は、、となる。

垂直な壁を流下する液膜

速度が一方向であり(uのみ)、定常なのでおよび。また自由表面があるからである。よって運動方程式は、

境界条件は y =0: u =0, y =δ: du/dy =0

2回積分して解が得られる:

単位幅あたり体積流量:[m3/(m-s)]

液膜厚さ:[m]

流下液膜の速度分布

液体が傾斜板に沿って流れる場合の、液膜内厚み方向の速度分布を考える。傾斜の角度をβとし、座標を図のようにとる。速度はz方向のw のみであり、wx 方向にのみ分布(微分値)を持つ。重力gzはg cos(β) で表せるので、ナビエ−ストークスの式は次式のように常微分方程式に簡略化される。

境界条件は、液膜表面でせん断応力が無いという条件: および底面で速度が零の条件: である。

2回積分して積分定数を境界条件から決めると次式が解となる。

液膜表面の速度は、x=0として:

液膜断面の平均流速(Wは板の幅):

液体の容積流量

流体が板を引っ張る力Lは板の幅):

 

管内流(ハーゲン・ポアズイユ流れ)

円管内の定常流れについて考える。軸対象な一方向流れなので、半径方向と円周方向の速度成分vr,   vθは零で、管軸(z方向)の速度vzのみが存在する。円筒座標系でのナビエ−ストークス式のz成分の式を簡略化すると、次式となる。

境界条件は、

r=a: vz=0

r=0: vz=UMAX

この微分方程式の一般解は、

である。境界条件より、を決めると、

すなわち放物線速度分布である。この流速分布を断面全体で積分すると流量Q が得られる。

  

平均流速と最大流速は、

なお、管内圧力損失に関する抵抗係数は以下で定義される。

上の関係からを求めると、  となる。

 

二重円筒内のクエット流れ

外管内径R, 内管外径 κR の同心二重円筒内に液体があり、内管が角速度ω0で回転している。速度分布と内管にかかるトルクを求める。

θ方向成分のみ考慮すれば良く、ナビエ−ストークス式は以下のような常微分方程式に簡略化される。

2回積分すると、次式となる。

境界条件は、 および 。 よって

なお、この座標でのせん断応力は なので、長さLの内円筒にかかるトルクTは次式となる。


演習レポート 4

【演習1】ナビエ・ストークスの式を書き写せ。ただしの項を偏微分形式で書くこと。

【演習2】管内層流の速度分布を描く

【演習3:流下液膜の計算】洗車のとき、V [m3/s](300 cc/s程度)の水流を幅1 mで流すと、水膜の厚さは何mmと理論的に予測されるか。水の動粘度ν=1.0×10-6 m2/s



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