生産・消費・廃棄のなかのエネルギー

以上の熱化学の知識を利用して、代表的プラスチックであるポリエチレンの生産から廃棄までの流れを巨視的とエネルギーの両面からみてみる。

 

原油からナフサ

現代の生活になくてはならない石油化学製品のおおもとは地中より採取された原油である。その成因は地上に過去繁茂した植物や海中のプランクトンが地下で熱変性を受けたものとされている。よって「化石エネルギー」と呼ばれる。(それにしては量が多くないか?宇宙空間にもベンゼンがある!?)

原油は巨大な蒸留塔で沸点の差を利用してガソリン・灯油・重油など成分毎に分離される。

 

 

ナフサからエチレン

コンビナートと呼ばれる石油化学プラント群は多種類の製品をつくるが、そのおおもとの原料はエチレンである。したがって石油化学では、ナフサ(粗製ガソリンとも呼ぶ)留分を熱分解してエチレンを製造するプロセス(エチレンセンター)が中心となる。エチレンを年間40万トン生産するセンターが日本には15個所ほどもある。

ナフサを熱分解によりエチレン(25-30%),プロピレン(15%)等のオレフィンを含む低分子にする。原料ナフサが希釈水蒸気(原料に対して0.5〜0.9の割合)とともに、バーナーで750-850℃にされた分解炉内の多数の管内を通過する。反応管は直径5cm、長さ20m程度で触媒は使用していない。この高温管内を通過する0.3-0.6秒間に分解反応がおこる。分解炉を出たガスはただちに400-600℃に急冷してそれ以上の分解を防ぐ。さらにリサイクル油を噴霧して冷却する。冷却された分解ガスはガソリン精留塔で重質成分を分離する。次のクエンチタワーでは塔の上部から水を噴霧して水分とガソリン成分(C5-C9)を凝縮分離する。次にソーダ洗浄塔で酸性ガス(硫黄分、炭酸ガス等)を除去する。水素は途中の深冷分離器(-160℃、37気圧)で分離される。メタン、エチレン、エタン、プロピレン、プロパンは各々蒸留塔を通過すること順次純成分に分離される。これらの分離は困難なものであり、20気圧程度で各々30-100段もの高い蒸留塔が必要である。

 

エチレン製造プロセスの原料と生成物組成を示す。

  原料ナフサ[wt%] 熱分解生成物[wt%]
H2   0.75
CH4   15.0
C2H4   26.5
C2H6   5.2
C3成分   16.0
C4成分 2.0 8.5
C5以上成分   28.1
C5成分 11.9  
C6成分 16.4  
C7成分 17.8  
C8成分 27.5  
C9以上成分 24.4  

エチレンからポリエチレン

エチレンを重合してプラスチックのポリエチレンをつくる。ポリエチレンは当初(1933-)イギリスICI社の開発した気相の超高圧法(2400気圧、140-250℃)で製造された。しかし1954年ごろチーグラー(独)が、溶媒中で10気圧以下の圧力でポリエチレンを合成するプロセスを発明し、ポリエチレン製造法を革新した。低圧ポリエチレン法と呼ばれるこの合成法は有機化学の偉大な勝利である。

低圧ポリエチレン法は有機金属という新しい触媒の開発からうまれた。溶媒(完全に無水のキシレンなど)中で4塩化チタン(TiCl4)とトリエチルアルミニウム((C2H5)3Al)により触媒(チーグラー触媒)を調整する。10気圧、60-80℃の条件でこの溶媒にエチレンを吹き込むとポリエチレンの重合体が生成・沈殿してくる。この溶液にアルコールを添加して触媒を分解したのち、溶媒除去、水洗・乾燥でポリエチレンの粉末ができる。

 

低圧法ポリエチレン合成プロセスは画期的なものであり、多数のプラントが建設・稼動した。しかし化学プロセスは常に競争にさらされている。このプロセスは触媒の活性を上げることで触媒の使用量を減らし、触媒除去の工程を無くした。(触媒は製品中に残しておく。)するとそこまで触媒の活性があがると気相でも合成反応ができることがわかったのである。1968年以降は気相重合触媒の開発と流動層技術の進歩により、再び気相重合法が復活して、現在のポリエチレン製造プロセスの主役となっている。

 

注:ポリエチレン合成が気相・液相両方で可能であったように、有機化学ではガス状態での反応と溶媒中での反応は同等に考えてよいようである。

廃プラスチックの油化

生活に利用されたプラスチックはやがてゴミとなる。従来プラスチックのゴミ(廃プラスチック)は不燃ごみとしてそのまま廃棄されていた。(プラスチック類の焼却処分は焼却炉および環境への負担が大きい。ダイオキシンの発生など2次的公害源となる。)しかし、全国的にゴミ処分場の確保が困難になっている現在、容積が大きく自然分解しない廃プラスチックの再利用が課題となっている。プラスチックは分別さえできれば再資源化は比較的容易である。廃棄されたプラスチック類を資源化する方法としては、燃料として再利用するサーマルリサイクルとプラスチック素材として再利用するマテリアルリサイクルの2つの方法がある。後者の方法は家庭ごみのように異種プラスチックが混合していると再生が困難である。そこで燃料として廃プラスチックを再利用するサーマルリサイクル法が注目されている。燃料としてリサイクルするにはプラスチックを圧縮・固化して固形燃料とする方法が簡便であるが、しかし固形燃料は運搬の問題と、ボイラーに塩化水素対策が必要となる問題点がある。ここでは廃プラスチックの油化によるリサイクル法を紹介する。

廃プラスチックは金属やそのまま再生できるもの(PET)を選別した後破砕機で粉砕する。廃プラスチックはポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレン)、ABS等が大部分であるが、熱処理で有害ガスを発生する塩化ビニルがある程度は含まれているので、はじめに脱塩化水素機で塩素を除去する。塩素ガスは吸収塔で塩酸として回収される。廃プラスチックは熱分解槽(400℃程度)で分解され重油相当の燃料油に転化される。生成油は精製処理、触媒処理の後、貯槽・出荷される。たとえば、新潟市内で収集される不燃ごみ (びん・缶・プラスチック)は、年間約33,000トン。このうち20%程度 (約6,000トン)がプラスチック系だと推定されている。この全量が油化施設で処理される。生成燃料油の予定生産量は年間2,700キロリットル。生成した燃料油は市内の公共施設で利用される。

 

熱化学でポリエチレンの一生を追う

従来製造技術のみにかかわってきた工学技術も、製品の原料から消費・廃棄さらにその過程が環境におよばす影響までも視野に入れる方向し進展しなくてはならない。製品の原料・生産・使用・廃棄までの全過程をエネルギー・環境の観点から解析する手法をライフサイクルアセスメントという。

以上の熱化学の観点からポリエチレン100g(炭素7.14mol基準)の生産から廃棄までのエネルギー出入りをみると概略以下のようである。原油からエタンを分離する過程ではエタンのエネルギーそのものは変化しない。もちろん分離における蒸留操作には多大の熱エネルギーが必要だが、このエネルギーは混合物を純成分にする(エントロピーを減少させる)ためにだけ使われる。この107gのエタンを燃焼させると直接5033kJの熱が得られる。しかし、エタンを化学原料としていったんエネルギーを加えてエチレンとして、その後重合させて高分子ポリエチレンとすることで、我々の役に立つ製品となる。製品が不要になったあとも、ポリエチレン自身はエネルギーを持っているので、油化して燃料として再利用することでさらに有効活用ができる。

原油から得られたガソリンを自動車用に大量に直接燃やしている現状は、炭化水素の潜在的価値を生かしておらず、非常にもったいない使い方をしていることがわかるであろう。

 


本講で参考とした資料

Wendland著、浅原照三訳「新しい世界を切開いた石油化学工業」東京化学同人、1971

久保田宏・伊香輪恒男「ルブランの末裔」東海大学出版会, 1978

橋本健治編「Creative Chemical Engineering Course 1 ケミカルエンジニアリング」 培風館, 1995

化学工学会編「プロセス設計シリーズ3 分解・加熱・蒸留を中心にする設計」丸善

 



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