ヒトと電球 単位換算で調べる身近なエネルギー

定量的にものごとを見る「150人も学生がいると講義室が人いきれでムンムンするし、空気も薄くなっているような気がする。」

単位を一貫させ、物理量間の相互換算を容易にすることが、定量的にものごとを見る基礎となる。単位換算を応用して、「150人も学生がいると講義室が人いきれでムンムンするし、空気も薄くなっているような気がする。」を定量的に考えてみる。

  

人間の基礎代謝量は1,500kcal/day,ひとが発生する熱量は72.6J/s
150人だと、10,890W
90分間で発生する全熱量は58,780,000J
講義室内の温度は15K(15℃)上昇する。

人間の基礎代謝量は1,500kcal/dayである。これを[J/s]に換算すると、ひとが発生する熱量は72.6J/s 。1J/s=1W であるから100Wの電球が発生する熱よりすこし小さい程度である。150人だと、10,890W 、ヘアドライアーを10個使っている程度。90分間で発生する全熱量は58,780,000J。講義室内(20m×30m×5m=3,000,000l) の空気量は134,000mol。空気の熱容量は29J/(mol・K)、(空気温度差)=(熱量)/((熱容量)・(mol数)で計算すると、結局講義室内の温度は15K(15℃)も上昇すると推算される。確かに講義室内の 空気温度かなり上がりそうである。

C(炭素)+O2→CO2 この反応は149molおこり,90分間で149molの酸素がCO2となった
講義室内酸素濃度は 21%→20.9% の低下。講義室内CO2濃度は400ppm→1,500ppm の増加。

人間が発生する熱のおおもとが、    C(炭素)+O2→CO2 の反応にあると仮定する。すでに高校でこの反応1molあたりの発熱量は394kJであることが教科書に書かれている。58,780,000Jを394kJで割ると、この反応は149molぶんおこったと推算される。すなわち90分間で149molの酸素がCO2となった。一方、室内の酸素量は134,000×0.21=28,100molもあるので、その0.5%しか使っていない。 室内酸素濃度は21%から20.9%の低下でそれほど変化ない。一方,発生CO2 149molは (149/134,000)=1100ppmなので,室内CO2濃度が大気の400ppmから1,500ppmに増加すると予測される。このCO2濃度は倦怠感,眠気を誘うとされる濃度1000ppmを超えている。

講義室で眠くなるのは室温上昇とCO2濃度増加に原因があるようである。

スケールアップと単位のない数(無次元数)と相似性

「ケミカルエンジニア」の仕事スケールアップ

この講義の副題にある「化学工学」は機械工学、電気工学などと並ぶ工学分野のひとつで、その専攻技術者を「ケミカルエンジニア」とよぶ。

(日本では応用化学、工業化学、高分子化学などと並ぶ工学系化学の一分野ととらえれれているが、欧米でのChemical Engineeringは工学系化学分野全体を指す。最近はプロセス工学が同じ意味で使われる。)

ケミカルエンジニアは主としてプロセス設計に携わる。実験室内のガラス器具でテストされた反応・分離法を含む製造方法(プロセス)を大規模な連続式装置で実現する。化学プロセスは一般に巨大で複雑な装置である。実験室での試作品の量は数グラムであり、一方、化学工場での実際の製造量は1日あたり100トンとそのスケールの差は非常に大きい。もちろん実験室でうまくいった方法・手順をそのまま何万倍にもするわけにはいかない。小さなスケールの実験から、どのように大きいスケールの製造プロセス(その費用数百億円)をつくるか、このスケールアップということが化学工業プロセス特有の重要事項であり、ケミカルエンジニアの仕事場である。

スケールを考える際に重要なのは単位のない数、無次元数

スケールアップの方法のキイワードのひとつが「無次元数」と「相似性」である。前節までで「エンジニアの使う数値には必ず単位がつく」と言ってきたが、スケールを考える際に重要なのは単位のない数、無次元数である。

流れに関する無次元数レイノルズ数 RelU/μ=lU
レイノルス数が同じならスケールが異なっても流れの様子は同じ

たとえば流体中の物体の動きを取り扱う場合は、物体の長さl[cm]と速度U[cm/s]、流体の密度ρ[g/cm3]と粘度μ[g/(cm・s)]を組み合わせたレイノルズ数:
RelU/μ=lU
が基準となる。この組み合わせの単位は分子分母で同じとなり、これを無次元という。レイノルズ数の物理的な意味はRe=(物体の慣性力)/(流体の粘性力)、であり、レイノルズ数が大きければ物体が動くにあたってまわりの流体の粘性(ねばっこさ)が少ないことを意味する。レイノルス数が同じならスケールが異なっても流れの様子は同じである。

 

レイノルズ数は工学分野で使われるものであるが、生物についても以下のように応用できる。
空気中を飛ぶ鳥:l=30cm,U=1390cm/s(50km/hr) 空気のν=0.145cm2/s⇒Re=287,000
水中を泳ぐ魚:l=30cm,U=100cm/s(1m/s) 水のν=0.0114cm2/s⇒Re=263,000
すなわち、空気中を飛ぶのも水中を泳ぐのもサイズが同じならレイノルズ数は同じくらいという法則がなりたつそうである。(その意味はいろいろ考えられるであろう。)

 

この無次元数が同じであればどんなにスケールの異なる物体の動きも「力学的」に相似であると言える。このことを使って相似性を保ったまま模型で実験をしたり、プラント設計におけるスケールアップの基礎とすることができる。化学工学分野ではいろいろな無次元数を駆使することになる。

対数目盛り

スケールの大きく違う現象をを比較するのに対数目盛りが使われる

工学における式はほとんど指数形式⇒片対数グラフや両対数グラフ

 

スケールの大きく違う現象をを比較するのに対数目盛りが使われる。またエンジニアはデータを考えなしにプロットするのではなく、そのデータが従うべきあるモデル、理論式を想定した上でプロットするので、その理論式がグラフ上で直線となるような座標を選ぶ。工学における式はほとんど指数形式なので、したがって技術の分野でのグラフは多くが片対数グラフや両対数グラフである。

対数目盛りは0がない特殊目盛りで、数値を10xであらわしたときの指数xを尺度としている。0.1-1,1-10,10-100間が同じ間隔となっている。中間の数値はそれに比例して目盛ってあるので、データをプロットする場合に対数をとる必要はない。データをそのままプロットする。

1=100 10=101 4=100.60 40=101.60

片対数グラフで想定している式は、y=aebx
対数をとるとlogy=bxloge+loga
よって横軸に等間隔目盛り、縦軸に対数目盛りを用いる。

両対数グラフで想定している式は、y=axb
対数をとるとlogy=blogx+loga。よって横軸と縦軸に対数目盛りを用いるとこの式はグラフ上で直線となる。


対数スケールからみた生物

対数グラフであるが、これを他分野に使ってみると新鮮な発見がある

工学分野ではあたりまえの対数グラフであるが、これを他分野に使ってみると新鮮な発見がある。生物もその体重・寿命などを対数グラフ上で比較してみる(工学的視点からみる)といろいろと興味深い事実がみえてくる。(本川達雄著「ゾウの時間ネズミの時間」(中央公論社、1992)より。)

生物の標準代謝量は生命活動を維持してゆくためのエネルギー消費量で、摂取した食物が燃やされて作られたエネルギーは最終的には体外に放出される。体内のエネルギー発生も基本的には酸素による反応なので、動物の酸素消費速度を調べることでエネルギー消費速度すなわち代謝量が求められる。安静時のエネルギー消費量を標準代謝量と呼ぶ。

重いほうはゾウ(体重4トン(4000kg))から軽いほうはネズミ(体重0.04kg)までいろいろなサイズの恒温動物の標準代謝量を比較する。両対数グラフの横軸に動物の体重、縦軸に標準代謝量をプロットする。結果は一本の直線であらわされ、その式(相関式)は、
(あらゆる恒温動物の標準代謝量)[W]=4.1×(体重[kg])0.75
となる。

代謝量が体重の3/4乗に比例することは体重が100倍になってもエネルギー消費は32倍にしかならないことである。単純に考えれば体重(肉の量、細胞の数)とエネルギー消費は比例してもよさそうなものである。しかしなぜか大きい動物の組織・細胞はエネルギー消費は小さく、活発でなくなる。しかもその減少程度は105もの大きいスケール間で一定している。(これ以上の考察は「ゾウの時間ネズミの時間」を読んでください。)

時間のスケールアップ

 

もうひとつ、スケールと化学の情報関係への応用例をみる。

推定保存寿命は通常の環境(室温)で約50年 加速寿命試験

最近書き換え可能な光磁気ディスク(MO)が普及している。光磁気ディスクの記録は物質の可逆的状態変化を利用しているし、記録膜自身の酸化や腐食もあり、その記録の保持には寿命がある。もちろん日常の使用には十分なほど寿命は長く、MOディスクの推定保存寿命は通常の環境(室温)で約50年とメーカーは公表している。これは実際に50年保存して確認したわけではなく、この推定寿命は「加速寿命試験」という方法で推定されたものである。

加速寿命試験とはディスクを通常の状態より高温や高湿度の条件で寿命を調べ、そのデータから通常の状態での寿命を推定する方法である。恒温槽中にディスクを一定湿度における3種類の温度条件(たとえば湿度90%で80℃、70℃、60℃)に保つ。定期的にとりだし、読み書き試験をして、ディスクの寿命は読み書きのエラーが一定限度以上(たとえば1万回に1回)となる保管時間とする。温度が高ければ寿命は有限時間で測定したデータを外挿して求められる。

アレニウス・プロット
(反応の速さ)∝exp(-E /RT)
(寿命)∝exp(E /RT)

このデータにより「アレニウス・プロット」をおこなう。「アレニウスの法則」は高校化学でも名前だけは出ている。これは化学反応速度の温度依存性をあらわしたもので、式で書くと:
(反応の速さ)∝exp(-E /RT)
である。(E:活性化エネルギー、R:気体定数、 T [K]:絶対温度 ) MOディスクの寿命(劣化)も基本的には化学反応なので、温度の影響に関してアレニウスの法則が適用できるとしてよい。(それどころかこの法則は高温の気体反応、生物反応(食物の腐敗)、膜の透過現象など適用範囲が広い。)反応が早ければそれに反比例して寿命は短くなるので、寿命は上式の逆数をとり、
(寿命)∝exp(E /RT)
となる。各温度において測定された寿命を縦軸に、横軸に測定温度(絶対温度)の逆数をとり、図のようなプロット(片対数プロット)をおこなう。 アレニウス式の形から、この座標上ではアレニウス式は直線となるはずである。よって、この座標上で測定データを室温まで延長したときの値を推定寿命とする。これが加速寿命試験であり、化学の知識が意外なところ(情報機器)で応用されている例である。

 


inserted by FC2 system