日常の化学工学 
扇風機で涼しいのはなぜ−伝熱係数のはなし−

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伊東研


 化学工学,Vol. 73, No. 3, 141  (2009)

前々回は物体に直接触れたときの温感の問題でしたが,今回は「風にあたるとなぜ涼しい」を流体−物体間の伝熱の問題として考えてみます。

流体−物体間の伝熱を考える場合,最も基礎的なモデルは平板上に平行に流体が流れる状況です。平行な流れにより平板の表面上に速度と温度の分布のある薄い層が形成されます。これを境界層といいます。境界層を考えると,流れを支配する基礎式(ナビエ−ストークスの式 ,対流伝熱の基礎式)を境界層方程式に簡略化でき,これを解いて実際の速度と温度の分布を求めることができます。境界層方程式はExcelで気軽に解くことができます。

平板先端から2 cmの位置で,風速 5 m/sとして速度と温度の境界層方程式を解いたのが図のシートです。板表面空気中の温度分布は速度分布と相似で,温度分布のある層の厚さは1.0 mmです。この厚さは風速の平方根に反比例し,0.5 m/sでは3.0 mmに厚くなります。

 この温度分布のある層の厚さをこの連載でおなじみの境膜の厚さとみなして,ここだけに直線温度勾配を考え,空気本体は温度一定と考えます。工学計算ではこの境膜の厚さ δ と空気の熱伝導度 λ の比を伝熱係数 h と呼びます。( h = λ/δ ) 風速0.5 m/sの場合はh = 8.8 W/(m2・s)です。伝熱係数を用いると伝熱量 q が, q = h ×(温度差) で簡便に計算出来ます。境膜厚さ δ が薄くなることは伝熱係数 h が大きくなることに同じです。

空気側に境膜を考えると,前々回と同様に皮膚と空気に皮膚表面を介した2重の境膜を考えて,伝熱を計算することができます。今回は皮膚側境膜の厚みは4 mmとしました。(下図)

 風速 0.5 m/sでは皮膚表面温度が35.1℃,風速 5 m/sでは34.0℃ となります。空気の熱伝導度は同じですが,風速が大きくなると,空気側境膜の厚さが薄くなる(伝熱係数が増加する)ため,皮膚表面温度が下がります。この場合 4.5 m/sの風速増加により皮膚表面に1 Kの温度低下がもたらされます。このように,風が涼しさをもたらすのは風速増加による空気側伝熱境膜厚さの減少による,というのが工学的説明です。


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