日常の化学工学 
飛行機はなぜ飛べるか−渦のはなし−

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 化学工学,Vol. 73, No. 12,  669 (2009)

「ハーは暖かくフーは冷たい−流体の混合のはなし−」で息の流れ(噴流)における渦の話をしました。渦は見えないのですが,流れの問題に常に関係しています。手のひら上の小さな渦を,飛行機はなぜ飛べるかという大きいスケールの話につなげてみましょう。

飛行機はエンジンの推力*)で揚力を得て,空気中に浮く(飛ぶ)のですがそれはどのくらいの力で可能となるのでしょう。ジャンボジェット機の質量は333 tonですので,働く重力は3.3 MNです。これをその翼面積(511 m2)で浮かせるには(重力)÷(翼面積)で,単位面積あたり6.4 kN/m2の力が必要です。この力(揚力)は圧力としては6.4 kPaです。つまり翼の下面の圧力が上面よりΔP = 6.4 kPa大きければ,ジャンボジェット機を浮かすことができます。(図1)この圧力は大気圧(101 kPa)に比較してそれほど大きくはないので,実在の可能性があり,実際,ジャンボジェット機は飛んでいる(浮いている)わけです。

この圧力をベルヌーイの定理:
    ΔP = ρ (Δu )2/2 (数値例: 6400 Pa=6400 N/m2= 1.3 kg/m3 ×(99 m/s)2/2 )
で流速の差Δu に変換します。すると,Δu =99 m/sです。ジャンボジェット機が巡行速度で飛んでいるときは, 向かい風流速 222 m/s(= 800 km/h)に対して,翼の上面で相対的に+50 m/sの,下面で逆方向(進行方向)に- 50 m/sの,付加的な流れが生じていることになります。ではこの流速差の原因は何でしょう。

この翼上下の流速の差を生じさせているのが翼まわりの渦です。一般に流体中の渦は2次元では対にでき,3次元では渦輪として生じます。前者は水面の渦,後者は空気砲でおなじみです。(図2) (循環は足して零になる。(ヘルムホルツの定理))

飛行機の翼について,2次元で考える場合は,翼後方に生じた渦の対の循環流れが翼の周囲に発生していると考えられます。(図3)これは流れ中の円柱の後方に出来る 「カルマン渦」と類似の現象です。流れ中の円柱は下流にできる交互のカルマン渦により上下に力(揚力)を受け,振動することは電線の振動などで日常経験することです。 (カルマン渦による揚力発生は数値計算でも確認されています。 )飛行機の翼では,形状と向かい角によりこの後方渦を一方向(左を進行方向として時計まわり)に発生することで,翼上面の流れが加速されるような循環流を常に生成しています。これにより翼上下に圧力差がもたらされ,揚力として現れるわけです。

流れ中に回転する物体があると,流れに垂直方向に力(揚力)を受けることはマグヌス効果として知られています。野球のボールの動きなどでよく説明されています。この揚力は,物体の動きに引きずられた表面の2次流れにより物体上下に速度差が生じ,ベルヌ−イの定理に従い圧力差が生じることで発生するものです。(これは万人が納得。)次に流れ中の回転していない円柱を考えます。この場合も流れの速度が速くなると円柱は振動します。すなわち交互の揚力が発生します。この原因が円柱後方に交互に発生するカルマン渦であることも知られています。円柱後方の渦の発生は円柱まわりに対の渦を生じ,これが上のマグヌス効果と同じ原理で揚力を発生しています。(これも納得してもらえますか?)そして,飛行機の翼は後方渦を一方向に発生させることで,翼まわりに常に同じ方向の渦を発生させて揚力を得ているのです。(これでどうでしょう。


 (参考) 流れ中で回転する物体は垂直に揚力を受ける(マグヌス効果)


 (参考) 回転していなくても流れ中の 円柱は後方に出来るカルマン渦により揚力を受ける

3次元的には翼後方の渦が翼の直後にある必要はありません。図4のように,飛行機全体が大きな渦輪の一部であるような渦により,翼まわりの流れが生じてい ます。この飛行機の後方に常に発生している対の自由渦は,雲や空気の条件で見えることがあります。(YouTube資料に実験があります。)



参考資料 1) 永井實,イルカに学ぶ流体力学,オーム社(1999)

YouTube資料 C-5A Wing Vortice testsBoeing 747 Wing Tip Vortex Test Airfoil starting vortexhow wings work? Smoke streamlines around an airfoilTacoma Narrows Bridge【ゆっくり解説】ホントの揚力理論【ゆっくり解説】飛行機はなぜ飛べるのか?【揚力理論】

基礎科学研究所:飛行機はなぜ飛ぶかのかまだ分からない??


*) ジャンボジェット機のエンジンの推力は209 kN×4基で,合計0.84 MNです。自重にかかる重力 3.3 MNの1/4のパワーで飛べていることになります。(機体をそのまま垂直に持ち上げるにはエンジンが16基以上必要。)


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