日常の化学工学 
お洗濯の化学工学−driving forceのはなし−

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化学工学,Vol. 74, No. 2,  84 (2010)

着用した衣類には体からの汚れが付き,その量は1日でタンパク質が2 g/kg-衣類,脂肪酸が0.1 g/kg-衣類,が例示されています1)。洗濯とは衣類中のこれら汚れ成分を水中に溶かす「物質移動現象」です。

一般に物質移動現象は界面に接した厚さδの境膜とそれを介した濃度差すなわち濃度推進力(driving force)でモデル化されます。(境膜の厚さδは,空気では数mm, 水では数十 μmです。)前回の乾燥(定率乾燥)では衣類中の水を水の層と考え,その水面に接した空気境膜で物質移動を考えました。このとき濃度推進力は水表面の水蒸気圧(飽和水蒸気圧)と空気中の水蒸気分圧との差でした。

 これを真似て,ここではお洗濯の物質移動を汚れ成分が「フィルム」状に衣類表面にあり,それが水側の境膜を通して溶解する物質移動過程と考えてみましょう。(図1)

このとき物質移動の濃度推進力は何でしょう。もちろんそれは水境膜を介した汚れ成分の濃度差です。洗濯の初めには液本体の濃度は零なのですが,もう一方の衣類中の汚れ成分に接した水中の 汚れ成分濃度はどうなっているのでしょう。残念ながら家政学関係でこのことに触れた本はみあたりません。 (「洗浄力」というのがこれに相当するのかもしれません。)

化学工学的には汚れ成分に接した水中は「溶解平衡濃度」になっていると仮定します。図2は水中の界面活性剤濃度と油(マシン油)の溶解度との関係を概略示したものです。(筆者の測定による。)臨界ミセル濃度までは油の溶解度は 水中の界面活性剤濃度にほぼ比例し,界面活性剤の濃度と同等から2倍程度が油の飽和溶解度です。洗濯における洗剤の役割はこの汚れの飽和溶解度を上げることです。

このように汚れ成分の飽和溶解度を考えることで,お洗濯を境膜説でモデル化できます。すなわち衣類に接した水中では常に汚れ成分が飽和溶解度にあると考えます。この飽和溶解度と液本体濃度の濃度差を推進力として ,境膜中を汚れ成分が拡散します。これが汚れが落ちるということです。この境膜モデルによれば,洗濯における撹拌の効果,水量に対する洗濯物の量,すすぎの必要性,洗濯におよぼす温度の効果などが容易に説明できるでしょう。 (これらはまた別の機会に・・)

以上のことを具体的に示すと,例えば2 kgの洗濯物に0.2%すなわち4 gの汚れ成分が付着しているとします。これを30 Lの水で洗うとした場合,この水量での洗剤の標準使用量は20 gとされています。汚れ成分の飽和溶解度は洗剤と同程度の20 g/30 Lとすると,濃度としては20 g/30 L=0.00067で,これが衣類に接した水中の汚れの濃度(飽和溶解度)です。この衣類表面濃度は洗濯の期間変わらないと考えます。最終的に汚れが全部溶解すると液本体の濃度が0から4 g/30 L=0.000133まで上がりますが,洗濯の最後まで初めの4/5の物質移動推進力(driving force)が保たれているということになります。 (もう1回洗える?)

引用文献
 1) 中西茂子,「新コロナシリーズ33 洗剤と洗浄の科学」,p. 27, コロナ社 (1995)


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