日常の化学工学 
炎はなぜ熱い−断熱火炎温度のはなし−

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炎はなぜ熱いのでしょう。当然それは燃えること,すなわち原料が空気中の酸素と反応をすることで熱エネルギーが発生するからです。その熱エネルギーで高温になっている部分が炎です。では具体的にその炎の「温度」を求めるにはどうするのでしょうか。それが工学的な「断熱火炎温度」という考え方です。

都市ガスの主成分であるメタン(CH4) 1 molの燃焼を考えます。燃焼反応式は次式です。
    CH4 + 2O2 → CO2 + 2H2O
     (-74.8) (0) (-393.5) (-241.8)
物質(分子)はそれ自身で「エネルギー」を持っているというのが化学のみかたです。元素からある分子が生成されれば,その分子がきまったエネルギーを持つとみなします。それが物質の生成熱です。この値は分子構造で決まっており,上の()内が[kJ/mol]単位での各成分の生成熱です。酸素O2は生成熱が0,二酸化炭素CO2は生成熱が-393で,CO2はかなりエネルギーが低い「燃えがら」の分子です。

 燃焼で分子の組み替えが起こると生成熱の差し引き分のエネルギーが外部に放出されます。それが燃焼で発生する熱(エネルギー)です。この燃焼熱は生成熱の差し引きで簡単に計算できます。このメタン1 molの燃焼では
    {2×(-241.8)+(-393.5)}-{-74.8}= -802 kJ
となり,燃焼ガス(CO2, H2O)の方が原料メタンよりエネルギーが低いので,その分の燃焼熱 (802 kJ)が発生します(図の@)。同時に,発生した燃焼ガスのエネルギーは低くなっています。(図のA)

この発生した燃焼熱のゆくえについて「断熱条件」という考え方をします。つまり発生した熱は全て発生した燃焼ガス(CO2, H2O)自身の加熱に全て使われ,外には出ないという考え方です。メタン1molの燃焼で発生したガスはCO2 1 mol, H2O 2 mol, それに加え,使用した空気の酸素以外の残り分として窒素7.5 molが加わります。この全10.5 molの気体の加熱用に発生したエネルギーが全て使われるとします。するとこれらガスの平均熱容量(比熱)を40 J/(mol-K)として,燃焼ガスの温度上昇はこれらの数値から簡単に計算できて,
 802,000÷(10.5×40)= 1905 K
となります。25℃から出発しているので,これより燃焼ガスの温度は1930℃と求められました。(図の➂)以上の簡単な燃焼ガス温度の計算法が断熱火炎温度,理論燃焼温度という考え方です。

(なお,ガスの体積は絶対温度に比例しますから,この場合は燃焼ガスの体積は((1930+273)/(25+273)=) 7.4倍に膨張します。容器内(同じ体積)なら圧力が大気圧から 7.4気圧に瞬間的に増加して容器の爆発となります。 (より厳密には温度を「定積熱容量」で計算する必要がある。))

 この方法で求められる炎の温度は実測よりやや高いようですが,十分実用になります。さらに詳しくは燃料に対する空気の比率(自動車エンジンでは空燃比という)を考えることで,より正確になります。

もちろんよく考えると,この断熱火炎温度の考え方には疑問点も出てきます。「輻射熱があるので断熱という仮定はオカシイ」,「開放系なので使った空気の量を理論量で考えるのはムリがあるのでは?」など考えられるでしょう。それをわかった上で,先ずは簡単に計算できる方法でとにかく答えを出し,あとでそれを修正するというのが工学的態度です。この断熱火炎温度の考え方も,工学お得意の複雑な現象の本質をとらえ,簡単に計算できるようにした「モデル」の一種ということができます。

高校化学で習う分子の生成熱とガスの比熱,それに簡単な物質量の計算から意外に簡単に炎の温度が求められました。高校での学習事項からもう一歩なのですが,このような工学的考え方(厳密に 科学的とは言えない)が使われるため,残念ながら高校化学ではこの断熱火炎温度は教えられていないようです。


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