膜プロセス解析法 2成分系ガス分離膜モジュールのモデル解析

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伊東研


ガス膜分離モジュールのモデル

ガス分離膜モジュールの形態は中空糸膜型やスパイラル型など各種あるが,膜モジュール一般の流れ・成分組成の定義を示したのが図12である。

供給ガス(処理ガス)を流量Ff で膜モジュールに供給し,膜を介して供給側圧力を高圧のph [kPa]透過側圧力を低圧のplに設定する。この圧力差を推進力としてガスの膜透過が生じ,透過側出口流量がP, 供給側出口流量がFoとなる。また,処理ガスが2成分系の場合,第1成分の供給側入口,供給側出口,透過側出口の組成(モル分率)をそれぞれ,xf , xo, ypとする。

一般に装置内流れの混合状態は完全混合とプラグフローの2つでモデル化されるが,図12のようにガス分離膜モジュールで各々を供給側と透過側に適用することで,
    @供給側完全混合−透過側完全混合,
    A供給側プラグフロー−透過側完全混合,
    B供給側プラグフロー−透過側プラグフロー,
の各モデルとなる。また膜分離における特殊なモデルとして
    C供給側プラグフロー−透過側クロスフロー
がある。以下モデル毎に2成分系ガス分離の解析法を述べる。

@両側完全混合モデル:
膜モジュール全体の収支および第1成分収支式は式(2), (3)である。

各成分のガス透過係数をQ1, Q2 として膜面積A0における第1成分及び第2成分の透過速度は式(3), (4)のようである。

以上はFo, P, xo, ypの4つの未知数に関する連立方程式である。 なお,式(4),(5)の比,および式(2),(3)によりxoをxfに置き換えると式(6)となる。

ここで, であり,3つのパラメータ,

を導入した。得られた式(6)はypの2次方程式であり,その解は次式である。

図13にこの式による2成分系ガス分離膜の分離性能(xfに対するyp)におよぼす,上記3つの操作パラメータの影響を示す。

【例題1】両側完全混合モデル<bsp10_1.xls>
2成分系混合ガスを対象として,膜面積A [m2] ,膜厚みδ [m]の均質膜による膜モジュールの分離性能を,以上の各モデルにより解析して比較する。ここでは小型シリコーンゴム中空糸膜モジュールによる空気中の酸素濃縮操作を想定して,第1成分が酸素,第2成分が窒素として以下の条件でおこなう。

与えた条件で式(2)-(5)を解け。

 (解) Excelのゴールシークにより連立方程式を解く。その結果,透過ガス量P =0.000160 mol/s=0.235 L/min, その酸素濃度yp =0.311と求められた。

A供給側プラグフロー−透過側完全混合モデル
:膜モジュール内の各成分供給側流量F1, F2について,微少膜面積区間dAでの膜透過速度との関係が式(8), (9)となる。

透過側は完全混合を仮定するので透過ガス濃度ypは一定である。しかし計算初期にはこれは不明なので,ypを仮定して積分計算をおこない,計算結果と一致するよう試行する。

【例題2】供給側プラグフロー−透過側完全混合モデル<bsp10_2.xlsm>
例題1で与えた条件で式(8)-(9)を解き,透過ガス濃度と透過ガス速度を求めよ。

(解)図14の「微分方程式解法シート」のG2:G6にパラメータを書き,B5:C5に微分方程式(8)-(9)を記述する。その際変数F1, F2,はセルB3, C3を指定する。F1,F2の初期値をB12:C12に設定して,ボタンを押してVBAプログラムを実行し,Aを0からA0まで積分する。計算後,セルG8にypが再計算されるので,これがG7と一致するよう,G7の値を試行する。得られた解はyp =0.33, P =0.000162 mol/s= 0.238 L/minである。図中に膜モジュール内のxの変化を示した。

 
図14供給側プラグフロー−透過側完全混合モデル計算

B供給側プラグフロー−透過側プラグフローモデル:
このモデルでは透過側組成yは一定でなく,次式のようにyの局所組成が上流で透過したガス流量から計算される。

これを用いて基礎式は(11), (12)となる。

【例題3】供給側プラグフロー−透過側プラグフローモデル<bsp10_3.xlsm>
例題1の膜分離操作をこのモデルで解析せよ。

 (解)図にこれをおこなったシートを示す。セルG9にy(式(10))を作る。(式中の1.0001数値は積分開始時のエラーを防止する工夫である。) B:5:C5に微分方程式を記述する。この際変数F1, F2, yはセルB3, C3, G9を指定する。計算結果はyp = 0.33, P =0.000162 mol/s=0.238 L/minで,問題の条件では圧力比が小さいので両側完全混合(例題1),透過側完全混合モデル(例題2)とほぼ同じ計算結果となった。

図15供給側プラグフロー−透過側プラグフローモデル計算

C供給側プラグフロー−透過側クロスフローモデル:
このモデルでは透過側局所のyがその位置での透過ガスの組成(透過流束の比)で次式のように計算される。

基礎式は式(11), (12)に同じである。このモデルでは透過側膜面の組成yと透過側流れの組成yAが異なる。例題1の条件での計算結果を図に示す。Excelシートは<bsp10_a.xlsm>

 

多成分系のガス分離:

処理ガスがN成分でも取り扱いは以上と同様である。供給側プラグフロー−透過側プラグフローモデルの場合,基礎式は,

となる。なお,ここでは微分方程式を各成分の流量(Fi)についてたてていることに注意されたい。この種の問題の場合,濃度xiを変数にしがちであるが,基礎式を解くには各成分の流量で取り扱う方が簡明である。

【例題4】多成分系のガス分離<bsp10_4.xlsm>
例題1と同じ膜モジュール,操作条件でO2(1), N2(2), CO2(3), H2O(4)の4成分系混合ガスの膜透過を計算せよ。供給ガスの組成はO2 5%, N2 70%, CO2 10%, H2O 15%とする。CO2 , H2Oの膜透過係数は各々5.0×10-10, 1.07×10-8 mol m/(m2 s kPa)とする。
 (解)図17に計算シートをを示す。セルB12:E12に各成分の供給側入口流量を設定する。B5:E5に式(14)〜(16)を記述する。マクロを実行することで,13行以下に供給側の各成分流量変化が求められる。図中のグラフに供給側ガス流れの組成変化を示す。透過係数の大きい順に各ガスの濃度が低下する。

図17 多成分系ガスの膜分離

その他の膜分離操作 4.1 パーベーパレーション


パーベーパレーション法(PV)は膜を通して液体を蒸発させるという,いわば逆浸透法とガス分離法の中間のような膜分離法であり,浸透気化法とも呼ばれる。膜を介して蒸発という相変化をともなう点が他の膜分離法と異なる特徴である。

使用する膜は孔のない高分子膜ないし,分子レベルの微細孔をもつ無機膜である。膜面に混合溶液を流し,透過側を真空に保つことで供給液体中の分離目的成分を蒸気として透過させる。透過蒸気は冷却器で液体に戻して回収して混合液中の特定成分を分離・濃縮する。蒸留法は溶液の気液平衡に支配されるので,エタノール水溶液のような共沸混合物の分離には限界がある。これに対してパーベーパレーション法は膜素材の成分選択性により,気液平衡に支配されずに分離ができる可能性がある点が特徴である。

例えばエタノール水系の分離の場合,膜に水が溶解しやすい親水性素材(例えばポリビニルアルコールやゼオライト)を用いると水蒸気のみが透過し,供給液中にエタノールが濃縮される。逆に疎水性の材料を用いればエタノールを選択的に回収することも可能となる。パーベーパレーション法は最近の技術なので実用例は多くないが今後、水−アルコールの分離、炭化水素の分離への応用が期待されている。


パーベーパレーション(PV)操作の物質移動のモデルとして「蒸気相推進力モデル」を用いると,成分の膜透過は膜を介した溶液面上の平衡蒸気圧と透過側分圧の差を推進力として生じる。その際各成分の膜透過係数はガス・蒸気での透過係数が使えるので,前節のモデルとほとんど同様に,次式でモデル化できる。

ここで,L [mol/s]は供給液中の各成分流量,γは活量係数,p*[kPa]は操作温度の各純成分の平衡蒸気圧,xは供給液中の低沸点成分モル分率である。上式は透過側濃度ypが定数なので,供給側プラグフロー−透過側完全混合のモデルである。PV操作は通常透過側を高真空にしておこなわれるので,透過側完全混合の仮定が適用できる。

【例題5】パーベーパレーション透過モデル<bsp10_5.xlsm>
前節と同じシリコーンゴム中空糸膜モジュールによりxf = 0.15モル分率濃度,25℃のエタノール水溶液のPV操作についてモデル計算をおこなう。供給液流量50 g/min(すなわちL1=0.00563 mol/s, L2=0.0319 mol/s)透過側圧力はpl =0.4 kPaとする。エタノール,水蒸気の膜透過係数は各6.7×10-9, 1.07×10-8 mol m/(s m2 kPa)である。操作範囲での各成分蒸気圧および活量係数は図中の値とする。

(解)図20のシートでセルI1にx(式(18))を作り,B5:C5に微分方程式(17), (18)を書く。B12:C12に初期値を書き,ボタンを押して積分を実行する。得られたypの値(G10)がypの初期値(G9)に一致するよう試行する。 計算結果は透過蒸気量P =0.00116 mol/s= 0.137 g/h, 透過蒸気濃度 yp=0.446 と得られた。

図20 パーベーパレーション透過モデル

4.2 膜蒸留法

テフロン (PTFE)やポリオレフィン(PP, PE)は疎水性の高分子であり,その表面は撥水性である。これらの素材で作られた細孔径0.1 m程度の多孔質膜(精密濾過膜)は,膜の裏側を真空に保っても水が膜表面で支持され,細孔内に進入できない。(図21)この現象を利用すると,水自身は通さず,水中のガス,蒸気のみ膜透過させることができる。このプロセスが膜蒸留法(MD)および膜脱気法である。なお膜蒸留法は膜を介して成分を蒸発させるという点は前項のパーベーパレーション法と同じであるが,多孔質膜を使うことが特徴となる。膜蒸留法は小規模の海水淡水化,宇宙船内での水の再循環使用などに応用されている。

 膜脱気法は水中の溶存ガスを除去する方法であり,特に水中の溶存酸素濃度を低減する目的に使用される。空気に接した水には約8ppmの酸素が溶解しているが,この膜脱気法によりボイラー給水では0.5 ppm以下,半導体用の超純水では10 ppb(0.01ppm)以下に低減される。膜脱気法のしくみ(図22)は簡単で,疎水性多孔質中空糸膜の中空糸膜内に水を通し,膜の外側を減圧するだけである。この操作で原水中に溶存しているガス(酸素,窒素,CO2)および揮発性有機物を除去することができる。

水中の溶存ガスの膜脱気操作を考えると「蒸気相推進力モデル」を適用し,供給側プラグフロー−透過側プラグフローモデルとすると,溶存成分と水の供給流量L1, L2 [mol/s]についてPV操作と類似した次式となる。

ここでp2*は水の蒸気圧,Hは揮発成分のヘンリー定数である。ただし,多孔質膜のガス・蒸気透過について均質膜のような「透過係数」を定義する方法は一般的ではない。ここでは他の操作とのモデル的つながりから簡易的モデルを適用した。

 【例題6】膜脱気操作 <bsp10_6.xlsm>
水の脱気操作(溶存酸素の除去)を考える。酸素飽和水を10 L/minの流量で膜面積0.05 m2の脱気膜モジュールに供給し,透過側を水封ポンプにより水の蒸気圧まで減圧する場合の溶存酸素濃度の変化を求めよ。(パラメータはシート中に示す。)

 (解)図24に上記モデルでの計算シートと計算結果を示す。膜モジュールの入口付近で効果的に溶存酸素濃度が低下している。ただし,この問題の場合,着目成分の流束が大きいので,実際は液側の物質移動抵抗が支配的となる。仮に円管内流れ物質移動に関するHausen式:

を適用すると,液面の濃度xiは液本体の濃度xの1/100程度になっていると推定される。図中に式(19)のxをxiに置き換えることで,液側抵抗を考慮したモデル計算の結果も示す。

 
図24 膜脱気プロセスの計算


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