最近の膜蒸留

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1 はじめに

膜蒸留は疎水性多孔質膜と原水―冷却水間の温度差を利用して,水溶液から純水を得るプロセスである.PTFE膜などの疎水性多孔質膜では,膜面上の水は多孔質膜内に浸入できないが,水蒸気や水中の揮発成分は多孔質膜を透過できる.膜蒸留法はこの特徴を利用して,多孔質膜を介して高温水溶液から水蒸気のみを膜透過させて,純水を分離・回収するプロセスである.

膜蒸留法は30年以前に活発に研究されていたものの,海水淡水化など実際の応用ではファウリングによる膜の疎水性の喪失やエネルギー的な問題のため実用化されることはなかった.最近では研究もほとんどおこなわれていない.しかし近年,海外で膜蒸留法の一種であるMemstillプロセスなどが実用化され,条件によっては逆浸透膜を越える性能を示す場合もあるとのことで,膜蒸留プロセスの開発が再度期待されている.

1)Shuhong Duan, S., A. Ito, A. Ohkawa: J. Chem. Eng. Japan, 34, 1068-1073 (2001)
2)Xu, J., M. Furusawa, A. Ito: Desalination, 191, 223-231 (2006)
3)Hirota, Y., M. Kayama, T. Kamiya, A. Ito: Journal of Chemical Engineering of Japan, 49, 915-919 (2016)
5) 黒川,澤:疎水性多孔質膜を用いた超純水製造技術,化学工学論文集, 21, pp. 417-423 (1995) (日立)
6) 特許WO2016006670A1 膜蒸留装置及び疎水性多孔質膜(旭化成)
7) Advances in Membrane Distillation for Water Desalination and Purification Applications (Review) (2013)

2 疎水性多孔質膜

膜蒸留に使われるのは「疎水性多孔質膜」である.普通は細孔径が0.1 μm程度のPTFE多孔質膜やポリプロピレン製多孔質膜が用いられる.筆者はMillipore社製のDurapel多孔質膜(現Surevent)を主に使用している.この膜はPVDF多孔質膜にフッ素系モノマーで撥水性表面処理をおこなった膜で,注射液の脱気目的に使用されているものである.

図1に写真,仕様と加圧液体の多孔質膜浸透限界圧のデータを示す.浸透限界圧力は液体が多孔質膜表面で保持される背圧で,液体の表面張力に依存する.表面張力の大きい水や海水では,PTFE多孔質膜で3気圧,Durapelの0.1 μm細孔の膜で4気圧の耐圧がある.膜蒸留では通常大気圧〜真空範囲で操作されるので,この条件では疎水性多孔質膜内は水が浸入せず内部に空気は保持される.(普通の膜蒸留操作では供給水は既に空気飽和しているので,空気飽和状態の水に接した多孔質膜内は平衡(大気圧)の空気が存在し,膜内に常に保持される.)

3 膜蒸留の原理と形式

膜蒸留法には膜を透過した水蒸気の回収方法により多くの形式がある.図2に主な膜蒸留の形式を示す.温度差膜蒸留が簡単で基本的な形式であり,疎水性膜を介して高温水と低温水を接触させる.エアーギャップ式膜蒸留法では冷媒を外壁内に流し,膜背面に空気層(エアーギャップ)を構成して,冷却壁面で凝縮水を得る.(原水が空気飽和で供給されていればエアーギャップは保持される.)次いでそのエアーギャップ層を減圧する,ないし冷却せずに真空側に直接透過蒸気を回収するのが真空膜蒸留法である.

4 膜蒸留の熱および物質移動

温度差膜蒸留の試験例を示す(図3).装置本体は限外濾過などで用いられる標準的平膜セルをそのまま使用した.流路形状は高さ2 mm, 幅30 mm, 長さ150 mmである.疎水性多孔質膜(Durepel membrane,0.1μm細孔径,95 μm膜厚)を介して,供給液(海水)を70℃,冷却水を23℃の,並流で流す.図の条件で水蒸気透過流束は15 kg/(m2 h)を示した.これは逆浸透膜・操作における一般的透過流束(20〜50 kg/(m2 h), 圧力7 MPa)に近い造水速度である.透過水は原理的にも水のみであり,実際に透過水に塩分は確認されず純水である.このように膜蒸留は機械的圧力を使用しないにもかかわらず,温度差のみで実用的な造水性能が期待できる.

膜蒸留プロセスの理論解析(図3)は以下の手順でおこなわれる1−3)
@両膜面の温度境膜厚さの推定,
A多孔質膜空気層の熱伝導度の推定,
B温度分布の計算―膜面温度48.6℃,34.4℃,
C膜面温度から両膜面の(水面の)水蒸気圧の推定―11.5 kPa, 5.4 kPa,
D多孔質膜空気層中の拡散係数の推定,
E水蒸気圧差と拡散係数と膜厚から水蒸気透過流束の計算―11 kg/(m2 h),
これにより原水の温度と冷却水の温度から理論的な水蒸気透過流束が求められる.図のように理論解析と実測値の一致は良好である.したがって膜蒸留法の理論的な解析法は既に確立していると言える.

5 温度差膜蒸留とエアーギャップ式膜蒸留の省エネルギー

膜蒸留プロセスの性能とは水蒸気透過量すなわち造水速度[kg/(m2 h)]であるが,同時にエネルギー的性能が膜蒸留プロセスの実現性を支配する.図4は温度差膜蒸留法(DCMD)とエアーギャップ式膜蒸留法(AGMD)における局所の温度分布と熱移動解析を示したものである.供給液温65℃にたいして,DCMDの膜面温度は55℃である.このように普通のDCMDでは,膜を通じて低温側への伝熱速度が大きく膜面温度が低下する.従って水蒸気分圧も低下する.一方,AGMDでは膜面温度が63.6℃であり,膜面温度低下が小さい.これはエアーギャップ層の存在により膜と空気層合わせた伝熱抵抗が大きく,高温側からの伝熱が小さいためである.この機構により,水蒸気透過量すなわち造水量は同程度であるが,高温側から低温側への顕熱移動がDCMDで60, AGMDで1.1 kW/m2と大幅に違う.この高温側から低温側への顕熱移動は物質移動に寄与しない「熱ロス」である.膜蒸留法では供給水を加熱することが必要だが,そのエネルギーが大部分冷却水側に逃げてしまい,エネルギー的に造水量にみあわないことになる.

このことをさらに詳しく説明するため,温度差膜蒸留(直接接触式)並流操作における平膜モジュールの流れ方向温度分布を下図に示す.これは多孔質膜の膜厚を2, 35, 95 μmと変えておこなった試験の膜セル内流れの温度変化である.膜厚2 μmでは高温側の温度低下が早く,膜セル下流で高温側と低温側の温度が等しくなり,水蒸気透過が0となる.これが「熱ロス」の状態である.一方膜厚95 μmの膜セルでは多孔質膜の断熱効果が大きく,供給液の温度低下は小さく,膜セル全体で透過流束が大きい.しかしこの場合,膜厚が大きいので物質移動抵抗が大きくなり,この効果で透過流束は低下する.この熱ロスによる蒸気圧差の低下と膜の物質移動抵抗の兼ね合いで,この膜セルでは35 μmの膜厚のとき最大造水量が得られる.

6 実用プロセス

 膜蒸留法の実装置としてMemstillプロセス(オランダ)とMemsysプロセス( ドイツ)がある.

4) G.W. Meindersma et. al.: Desalination, 187, 291-301 (2006).

 図6, 7に"Memstill"プロセスの資料4)を示す.概念図によると低温海水を均質膜内で加熱して,さらにもう一段外部加熱して疎水性多孔質中空糸膜に供給する.高温の海水から水蒸気が透過して,供給海水で低温に保たれる均質膜外面上で凝縮させて純水を得る.ここで凝縮潜熱が低温海水に回収されることで,プロセスの省エネルギー化を実現している.このプロセスは膜蒸留法の種類としては“エアーギャップ膜蒸留法”であり,加えてプロセス内部で熱回収をおこなうことに特徴がある.全体で必要な加熱量は高温海水をもう一段加熱する操作のみである.このプロセスはフラッシュ蒸留法と非常によく似ているが,膜モジュールを利用することで,フラッシュ蒸留法より装置容積を大幅に小さくでき,熱効率を向上できることが利点となる.また中空糸膜の利用で小型から大型装置まで幅広く適用可能とのことである.

図8は最近の”Memsys”プロセスの資料である.このプロセスも多段のエアーギャップ式膜蒸留である.特徴として,フラッシュ蒸留法と類似の形式で,下流段のエアーギャップ部を順次真空に保つことで全体の熱効率を改善している点が特徴である.供給液も蒸発圧力に応じて温度が下げられる.膜は平膜であり,複雑な構造の平膜モジュールのスタックを数十段重ねて,コンパクトな膜蒸留装置を構成している.

7 組み合わせプロセス

MDは原水の加熱に熱エネルギーを必要として,熱ロスが問題であるが,この点を改良した正浸透法膜分離(FO)と膜蒸留法(MD)の複合プロセスが提案されている5).これはFO膜(均質膜)とMD膜(疎水性多孔質膜)を介して,不純物を含む原水,高濃度塩水(DS),純水を回収する冷却水の3つの流路で構成される.DSはFO操作のために塩濃度を高めておき,かつ直接接触型膜蒸留のために高温に保持する.(このためFO系の流体(DS)は加熱・保温する必要がある.)第一段のFOで塩阻止性能に優れた薄膜を使用するので,原水中の不純物溶質は阻止され,純水のみがDS中に回収できる.第二段は温度差膜蒸留であり,高温DS流れから水蒸気を透過させて原水からの純水を回収する.プロセスのポイントは,FO部とMD部の透過流束を合わせることであり,これによりDS液は一定濃度・一定浸透圧に保たれる.これはHTI社のFO用薄膜によるFOの高流束により実現されたものである.なおMDには普通の多孔質ポリプロピレン膜が用いられている. この複合プロセスはFO-MDで原水からのファウリングを防止し,DS部の加熱に低温の熱源を有効利用できる利点がある.テスト機で10〜20 kg/(m2 h)程度の透過流束が実現されており,原理的にも優れているので実用化が期待される.

5) Husnain, T., Y. Liu, R. Riffat, B. Mi: Sep. Purif. Tech., 156, 424-431 (2015)

8 膜蒸留におけるファウリング

膜濾過操作では溶質による膜面のファウリングが重要であり,その解析と解決に多大な努力がなされている.これに対して膜蒸留プロセスでのファウリング問題は研究例も少なく不明な点が多い.膜蒸留法の海水淡水化以外の分野への応用のためには,濃厚溶液の膜蒸留におけるファウリングについて調べておく必要がある.

図10は食品工場におけるチーズホエイの膜蒸留濃縮を想定して,ホエイ溶液の温度差膜蒸留を検討したものである.膜蒸留の透過流束(左図)はホエイ濃度に従って大幅に低下する.定常透過流束の低下度はホエイ濃度に比例する.右図は定常透過流束を原液―冷却水間の温度差に対して示した.ホエイ濃度が同じ場合は温度差を大きくしても透過流束が変わらなくなる.なお,膜濾過の場合,限外濾過などではファウリングの影響で圧力差を大きくしても透過流束が変化しない,「限界透過流束」現象が知られている.膜蒸留では推進力が温度差であるが,推進力を大きくしても透過流束が変わらない限界透過流束現象が現れている.この原因については膜面のファウリング層の形成による水蒸気圧の低下によるものと考えられる.(一般に含水材料の水蒸気圧は含水率に比例する.)膜蒸留における限界透過流束は,温度差に比例してファウリング層が発達するとしたモデルで説明できる.

9 おわりに

膜分離技術は新しい分離膜の開発から始まる.30年前はPTFEやPP多孔質膜しかなかったが,現在はいろいろな素材と形状の疎水性多孔質膜が開発されている.このような新規な膜と新しいアイデアにより,膜蒸留法の今後の進展が期待される.


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