膜プロセス解析法 濃度分極と物質移動係数

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伊東研


逆浸透・限外濾過で圧力差が小さい場合、溶質は濃度差拡散により透過側に浸透するので、阻止率は小さい値となる。圧力をかけて透過液の透過速度を大きくすると、濾過効果によって溶質は膜面で阻止され、阻止率は膜本来の値に近づく。

しかし、透過流束が大きくなると阻止された溶質が膜面に堆積しする。このとき膜表面での溶質濃度は原液濃度Cbより大きいCmという値になる。この膜表面の部分を「濃度分極層」と呼ぶ。この状態になると、見かけ上は原液の濃度が濃くなった場合の濾過になるので、透過液の溶質濃度が上昇し、したがって原液濃度で定義された阻止率は低下する。この濃度分極が起こっている場合の阻止率を見かけの阻止率とよぶ。一方、膜面濃度で計算される阻止率を真の阻止率と呼ぶ

図はタンパク質の限外濾過の場合であるが、透過流束が大きくなるに従って、濃度分極効果によりみかけの阻止率が大きく低下している。限外濾過では膜面濃度は原液濃度の数十〜数百倍にもなるのが普通である。このように限外濾過では濃度分極が阻止率さらに透過流束に大きく影響しするので、濃度分極の影響を正しく見積もることがきわめて重要である。濃度分極層の現象は逆浸透法の場合も同様におこるが、逆浸透では膜面濃度が原液濃度の2倍程度以下が普通なので、その影響はおおきくない。

膜面濃度Cmは供給液の流速(膜面流速u )の影響を受ける。その機構は膜面流速により濃度分極層(濃度境膜)の厚みδが変わるからである。濃度分極層の厚みδはk =D/δにより、物質移動係数として取り扱う。したがってCmは以下の濃度分極モデルにより物質移動係数k と関係づけられる。

膜表面の濃度境膜内の物質収支より次式が成り立つ。[9]

これを境界条件x =0: C =Cb, x =δ; C =Cm で解いて、次式となる。

よって膜面濃度Cmは透過流束と物質移動係数により影響される。

膜分離操作時の膜面濃度を推算するには物質移動係数k を知る必要がある。物質移動係数k
1.既往の物質移動係数の相関式
2.流速変化法
3.浸透圧法
の方法により求める[1]。管状膜、中空糸膜、単純な薄層流路モジュールでは既往の物質移動の理論式、相関式が適用できる。一方、スパイラル膜モジュールや実用の積層平板膜モジュールでは供給液流路にスペーサ、乱流促進材が入っていて流れが複雑で、一般的な相関式の適用が困難である。このような実用装置では流速変化法や浸透圧法で物質移動係数を推定する。

物質移動係数の相関式

物質移動係数はこれを溶質の拡散係数D と流路の代表長さd とで無次元化したシャーウッド数:

により表す。代表長さd は供給液流路の相当直径をとる。これはスリット状の平行平板流路では流路高さd h の2倍、管状流路では直径である。なお、供給液の流速u (膜面を流れる液の線速度)はレイノルズ数 で、溶質の液相相互拡散係数D はシュミット数 で無次元化して取り扱う。

代表的な物質移動係数の相関式を以下に示す[1]。

層流:レベックの式

乱流:ダイスラーの式

流速変化法

物質移動係数k は膜面流速u [m/s]に依存し、 の関係にある。(添字0が基準の値。)従って、Cmが変わらなければ(後述のゲル分極モデル)、

であり、透過流束は膜面流速に支配される。図はセラミック膜を用いた醤油オリの精密濾過において膜面流速u と透過流束Jssとの関係を示したものである[3]。透過流束Jss、従って物質移動係数ku の0.67乗で変化している。

物質移動係数k は供給液の流速(膜面流速)が支配するので、

と書ける。濃度分極モデル式をみかけの阻止率R app, 真の阻止率R intで書き換えると、

である。

ある装置において他の条件(流束など)を一定にして、流速u のみを変化させて阻止率を測定して、このデータを縦軸対、横軸 でプロットして直線が得られれば、その傾きが(1/b )である。これより物質移動係数k が定式化できる。この方法による物質移動係数の求め方を流速変化法という。指数a の値はこのプロットが直線になるように決められる。通常は層流ではa =0.3〜0.5, 乱流ではa = 0.8〜0.9 である[6]。直線を横軸0に外挿した点が濃度分極が無い、膜の真の阻止率による値 をあらわす。

【例】ナノ濾過膜でNaCl水溶液を濾過する。透過流束をJv=48.5 μm/sで一定の条件で膜面速度u を変化させてNaClの阻止率を測定したところ下左図のようであった。このデータを横軸をJv/u 0.33として下右図のプロットをおこなうことで直線が得られた。これよりb =0.000063となったので、k =0.000063 u 0.33 すなわち、シャーウッド数が次式ように得られる。

浸透圧法[7,8]

逆浸透操作で溶質の阻止率が1に近い場合は以下のように物質移動係数が推定できる。溶質の浸透圧が線形近似:
できるとして、透過流束の式:
とから、
濃度分極モデルの式から、Cp=0として、 である。これからシヤーウッド数Sh が求められる。供給液流速を変えて透過流束を測定することにより、例えばスパイラル膜モジュールについて

のような式が得られる。[7]

【例】スパイラル膜モジュールでNaCl水溶液(Cb=1.0 g/L)をRe =800, 操作圧力ΔP= 2.8×106 Paで逆浸透透過操作をおこなったところ、透過流束がJv=1.0722×10-5 m3/(m2・s) であった。CmおよびSh 数を求めよ。また、Re =2000のときv =1.080×10-5 m3/(m2・s) であった。Sh 数の相関式を求めよ。ただし、膜のLp=3.97×10-12 m3・Pa/(m2・s), 膜モジュールのd =dh = 0.001 m, 水中の塩の拡散係数D =1.8×10-9 m2/s, B1= 7.88×104 Pa/(g/L) とする。(解:Cm =1.155 g/L, Sh = 25.3)


1) 大西、土井:化学工学会第35回秋季大会講演要旨集、H205 (2002)
2) L.J. Zeman and A.L. Zydney," Microfiltration ans Ultrafiltration," Marcel Dekker, Inc.(1996)
3) 松下、伊東、渡辺:日本食品科学工学会誌、 vol. 49, pp. 585-590 (200)
4) 大矢晴彦、渡辺敦夫監修、「食品膜技術-膜技術利用の手引き-」、光琳 (1999)
5) V.L. Vilker et al., J. Membrane Sci., vol. 20, pp. 63-77 (1984)
6) 木村、中尾、大矢、仲川編、「膜学実験シリーズV 人工膜編」共立出版(1993)
7) G. Schock, A. Miquel; "Mass Transfer and Pressure Loss in Spiral Wound Modules," Desalination, 64, 339-352 (1987)
8) 谷口、膜 27, 180-187 (2002) ,Taniguchi J. Membane Sci, 183 249-257 (2001))
9) S. Kimura, S. Sourirajan, AIChEJ, 13,497(1967)


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