Web版 化学プロセス集成
アンモニアプロセス

「化学工学資料のページ」に戻る
 



アンモニア合成は人類繁栄の源

人間の体を維持するためにはタンパク質を摂取しつづける必要がある。タンパク質を構成するアミノ酸は窒素の化合物であるが、この有機物としての窒素および硝酸塩を空気中の窒素から作ることを「窒素の固定化」という。これはそう容易なことではなく、自然界ではマメ科の根粒菌(共生菌)などの少数の微生物にしかできない。植物は微生物が生産した硝酸塩やアンモニウム塩をもとにタンパク質を合成する。

近代になり農作物の増収の必要が出てきたため、肥料というかたちで有機窒素を人工的に補うことが農業に不可欠となった。欧米では19世紀にはペルーのグアノやチリ硝石(NaNO3)が使われたが、火薬の需要もあり、人工的な窒素固定が望まれた。

これに化学者およびエンジニアが応えたのがハーバー・ボッシュ法であった。人工合成されたアンモニアは,硫安や尿素肥料として生物が固定した窒素を補い,農産物から 動物タンパクを経て人間に摂取される。1974年のデータによると 世界の人口37億人の持つタンパク質は310万トンの窒素相当。 これを維持,蓄えるためには年間窒素1520万トン相当のタンパク質を摂取する必要がある。その源を植物性,動物性と たどると,生物による固定窒素4400万トン(20億人分), 工業的固定窒素3900万トンとなっている。

現在の地球上50億の人口を維持するためには人工的窒素固定は既に不可欠のものであり、アンモニア合成工業は今後も拡大し続ける。この水素と窒素からのアンモニアの直接合成法を開拓したハーバーは、その墓碑銘(ベルリンのダーレムの研究所)で、「空気からパンを作った人」と称えられている。

アンモニア合成プロセスの成立-20世紀初頭最大の技術開発-

空中窒素固定法として、電弧法*)(1905)、石灰窒素法**)(1906)、直接合成法(ハーバー・ボッシュ法)(1914) の順に工業化されたが、電力に依存しない直接合成法がアンモニア合成の主流となった。

F. Haber (カールスルーエ工科大)(1905)の合成条件の発見

19世紀後半から反応速度論や化学平衡論が進歩し、アンモニアの直接合成反応:

 に対する研究が進展した。この反応は高温・高圧下で下図のような平衡組成を示す。(参考資料:平衡組成計算Excelシート)ハーバーHaberはこの平衡測定をおこない,合成条件を示した。 実際に触媒にオスミウムなどを使用して実験室的にアンモニアを合成して見せた。(1909年)さらにプロセスまで提言し,原料リサイクル法を提案している。

C. Bosch(BASF社)(1908)による工業化

 これを受けてドイツのBASF社はボッシュBoschを中心にアンモニア合成の 工業化に着手した。それまでにない高温・高圧下でのガス流通によるプロセスであるため、解決しなくてはならない問題は以下のように数多かった。  

1.触媒の探求:2500種の各種金属触媒を実際に検討した。合成試験を6500回おこない、安価な鉄系触媒を開発した。
2.高温・高圧(200気圧)の反応管:高温・高圧下で水素は鉄中に進入し、炭素と反応してメタンを生成した。この脱炭素作用により鋳鉄の反応管が脆くなり、圧力に耐えられなくなる。これは反応管の内側を軟鉄、外側を普通鋼とすることで克服した。
3.高圧圧縮機の開発
4.原料ガス製造および精製 :石炭から水性ガスをつくり、水素を得た。水性ガス中のCOを分離するために、初期には液化分離法、後に高温CO転化と炭酸ガス分離法を開発した。
5.プロセス制御

彼らはこの困難な技術的課題を克服し,1911年100kg/day,1912年1ton/dayと毎年10倍のスケールアップをおこない、1913年Oppauに10ton/day の規模の工場を完成させる。

Boschは1912年BASF社の社長となり、その後もメタノール合成など 高温高圧合成プロセスを開発してゆく。(尿素 1922年、メタノール 1923年、 石炭液化 1927年、ガソリン合成 1934年)

1918年 にHarberがノーベル化学賞,, 1931年に技術者のBoschもノーベル化学賞を受ける

an_010.gif (131511 バイト)

アンモニア合成プロセス

ビデオ資料

 アンモニア合成の経済性は水素をいかに安価に得るかに依っている。水素を得る方法には  @水の電気分解 A石炭の酸化・水蒸気分解 Bナフサ (原油より)のスチームリホーミング C天然ガス(メタン) のスチームリホーミング がある。ここでは新潟県産の天然ガスを 原料とするプロセス(三菱ガス化学新潟工場)を紹介する。ただし 操作条件は例示である。

アンモニアは以下の工程で製造される。

[天然ガスの生産] 原料メタンは全て工場近辺で産出される天然ガスでまかなわれる。

[脱硫工程] 原料の天然ガス中の硫黄分(硫化水素 H2S)は改質用触媒の触媒毒となるため、吸着法で除去する。

[改質工程]
「改質」とはリフォーミング(reforming)の訳で天然ガスを分解して水素をつくる操作である。この工程は1次と2次の2段でおこなわれる。1次改質では原料天然ガスに水蒸気が添加されて、反応:

(反応条件 30Kg/cm2 出口温度800℃ ニッケル触媒 外熱式反応管)
で大部分のメタンは分解される。 これに生成水素量に対応する窒素分の空気が加えられ、2次改質:

(クロムおよびニッケル系触媒 断熱型反応器)
をおこなう。残っているCH4 7〜8%が処理され0.3%まで低下する。空気中の酸素により水素が燃やされ、 出口温度が1000℃に達する。この熱を高温・高圧のスチームとして回収する。

[CO転化工程] 炭素分を除去するため、まずCOをCO2に転化する。2段で転化反応:

( 第1段 高温転化触媒(Fe-Cr系) 350〜500℃ 残留CO 3-4%
 第2段 低温転化触媒(Cu-Zn系) 200〜250℃,出口温度230℃,残留CO 0.3-0.4% )
をおこなう。

[CO2除去工程] 炭酸カリ水溶液による反応吸収操作:

により、炭酸ガスを出口濃度0.1%まで除去し、かつそれを尿素の原料用に純度98.5%以上で再生する。この操作に多大のエネルギーが消費される。

[メタネーション] 残留COは合成触媒の触媒毒となるため、10ppm以下に除去しなくてはならない。そこで水素と反応させ、CH4に戻す。

(310℃ ニッケル系触媒)

[圧縮工程] 以上で得られた合成原料ガスは、水素と窒素の比が3対1であり、残りはメタンおよびアルゴンが1%程度含まれる。 蒸気タービン駆動の遠心式高圧ガス圧縮機で、25Kg/cm2から合成に必要な圧力200Kg/cm2に昇圧される。

[アンモニア合成工程]

アンモニア合成反応:

(反応条件 500℃ ,触媒:酸化鉄Fe3O4が主成分  出口濃度約10mol%)
が、原料ガスを高温・高圧下の触媒層を通すことでおこなわれる。反応器出口ガスは熱交換器で-20℃まで冷やされ、合成されたアンモニアを凝縮分離する。 転化率が低いことと不活性ガスの存在により リサイクル・パージ操作の必要がある。

[冷凍工程] 複数のフラッシュドラムにより順次減圧しつつ冷却され、貯蔵用に常圧、-33℃まで冷却される。

[パージガスからの水素回収] パージガスは従来一次改質炉の燃料として使用されていたが、最近はパージガスから水素のみを回収するために、膜分離法が使用される場合がある。代表的膜分離装置はモンサント社の「プリズムセパレーター」である。

新潟工場におけるアンモニア生産装置停止について(三菱ガス化学,2014/6/10)


*) 電弧法: 空気中の電気火花の高温(3000℃)でNOが発生するので、それを冷却(600℃)酸化してNO2とする。
        N2 + O2 → 2NO
        2NO + O2 → 2NO2
NO2を水に吸収させ、硝酸HNO3とし、さらに石灰石と反応させて硝酸カルシウムを生成する。
       CaCO3 +2HNO3  → Ca(NO3)2 + CO2 + H2O
このプロセスは電力が豊富なノルウェーでのみ工業化された。

**)石灰窒素法: 生石灰とコークスに通電して2000℃で溶融することによりカーバイドが作られる。(1892年)
        CaO + 3C → CaC2  + CO
カーバイドを700-1000℃で窒素と反応させることで石灰窒素が合成される。(1901)
        CaC2 + N2 → CaCN2 + C
この石灰窒素が肥料となる。さらに水蒸気で加水分解してアンモニアを得ることもできる。
CaCN2 + 3H2O → CaCO3 + 2NH3
このプロセスは石灰石と電気があれば成立するので、1906年イタリアで工業化されてから、世界中に工場が作られた。日本では水俣の日本窒素肥料が最初である。(1909年) 現在でも新潟・青海の電気化学、富山の日本カーバイドが操業している。

an_012.jpg (31753 バイト)

昭和電工川崎のアンモニア工場
CO2放散塔、吸収塔

***)BASF社のハーバー法の日本への導入は遅れ、その前に他社の技術(カザレー法、ファウザー法)の導入によりアンモニアが国産化され始めた。これに対し国産技術の確立を目指して、東京工業試験所内に臨時窒素研究所が設立され、アンモニア合成技術の研究を開始した。(1918年)1931年、昭和肥料(昭和電工)がこの国産技術による硫安生産工場(年産15万トン)を完成させた。


参考文献:
江崎正直:化学史研究, vol. 22, 15(1995), vol. 22, 197(1995), vol. 23, 15 (1996)
三井敏行:「プロセス入門 アンモニア」、PETROTECH, vol. 9, 724 (1986)
山本明夫:化学と工業,西・東,第2回 窒素固定実現までのドラマ,第3回 ハーバー ドイツを愛したユダヤ人化学者の栄光と悲劇,化学と工業,(7) 719, (8) 891 (2007)
牧野 功:肥料製造技術の系統化,国立博物館技術の系統化調査報告, vol. 12, 211 (2008).

参考URL:2007年ノーベル化学賞の解説(PDF)|ハーバー  ・ボッシュ法 - Wikipedia|
アンモニア合成(江崎正直)触媒が拓いたもの(田丸謙二)田丸謙二ホームページアイラブサイエンス 「アンモニア合成法」 In de voetsporen van Fritz Haber in BerlijnTube Fritz Haber Documentary


inserted by FC2 system