工場ウォッチング Q&A編

掲載:ワンダージャパン 巨大工場総特集号,三才ブックス (2009)


Q1 配管むき出しの外観はなぜ?

   あのパイプや塔の中は数十気圧という高い圧力、数百度という高温であり、外気の気温変動や風雨よりよほど過酷な条件下にあります。プラントの運転・安全のためにはパイプや塔の内部の状態が肝心であり、仮に屋根をつけてプラントの外側の風雨をしのいでもたいして保守上の効果はありません。また、プラントは常に補修・機器交換をしていますので、その容易さや、万一の可燃性物漏洩の際のことも考えて化学工場の多くはパイプ・機器がむき出しです。(もちろん各パイプや装置の外側は保温材が巻いてあります。)化学プラントは機能優先で外見は考慮の外です ね。

Q2 そもそもあの何本も立っている塔はなに?

  多くは「蒸留」をおこなっている塔です。化学工場・化学プロセスは例えばアルコールやプラスチック原料などの素材を作っていますが,製品として出荷するには不純物を除いた「純品」でなくてはなりません。このために液体状の混合物を分けて,不純物を除く操作が「蒸留」です。例えばお酒のウイスキーは,発酵液(アルコール水溶液)を沸騰させ,その蒸気を冷やすことでアルコールを濃縮したものです。これが基本的な「蒸留」ですが,化学工場の「蒸留塔」はこれを1本の塔の中で繰り返す工夫をして,混合液を純成分まで分離・濃縮しています。塔の中は蒸留を何回もおこなうために数十段の棚状であり,この構造のため高い塔になります。あの蒸留塔の中では沸騰した液体と蒸気が激しく混合していると想像しておいてください。1本の蒸留塔では2成分しか分けられないので,混合液の成分が多いとそれに応じて何本もの蒸留塔が必要になります。それであのように多数の塔が立っているのです。

Q3 どうしてあんなに複雑なの?

 化学工場は天然原料を混合、反応させ分離して製品(素材)をつくるという一連の工程(プロセス)をおこなっています。化学プロセスは基本的には入口から液体やガス(流体)の原料を入れ、出口から製品を出すという、1本の管でもできる簡単なものです。しかしそのプロセスを一体の大型装置として、エネルギーをできるだけ使わず、しかも長期間運転するためには多くの補助機器が必要です。先ずプロセス内の流体の流れを設計ど おりにするために測定や制御をしなくてはなりません。このため、各所に計測機器や制御バルブがあり、バルブを動かすための空気用配管および電気配線が必要です。また,プロセス中でエネルギーを有効利用するために、2重管により低温の液体を高温の液体で加熱する「熱交換器」が多数あり、このために配管が前後して複雑になります。さらに、各装置で使用するためのガスや温度レベル 毎の水・水蒸気の細い配管が工場内に張り巡らされます。(水蒸気があちこち出ていますね。)このようなことで、化学プラントでは設計者もいやになるほど配管が多くなってしまいます。 

Q4  煙突から煙が出ていますが大気汚染の心配は?

  工場には原料を加熱したり、高温・高圧の水蒸気を作るため、大型の燃焼炉(ボイラー)があります。また、例えば製紙工場では木材中のリグニン質を燃焼炉で処理しています。このような工場の中の燃焼炉はゴミを燃やしているのではなく,有害物の混入がない重油や天然ガスなどを燃やしているので、その排気は炭酸ガス、水蒸気および燃焼用空気からの窒素のみのキレイなものです。「煙突からモクモクあがるケムリ」も水蒸気がみえているだけですので、雲と同じです。

Q4b いつも燃えている煙突があるがあぶなくないのか

 あれは「フレアスタック」というもので、常に炎を上げているのがその機能です。化学工場ではできるだけ原料がムダにならないよう工夫をしているのですが、それでもどうしてもガスの一部を抜き出したり(パージと言います)、製品にならなかった微量成分を処理する必要があります。また、プロセスの運転開始時や非常時には可燃性ガスを排出しなくてはならないことがあります。このような可燃性ガスをフレアスタックで常時、および非常時に燃やしています。フレアスタックはむしろ安全のためのものと言えるでしょう。

 Q5 タンクの形は円筒型と球体タイプがあるのは?

 都市ガスなどガスを貯める場合、ガスを圧縮して多く入れておくのが普通なので、タンクはその高圧に耐えるために球形になります。石油類など常温で液体のものは、むしろその重さに耐えるため、地面に設置した筒型となります。 

Q6 こんな複雑な工場でも設計したひとがいたと思いますが,どんなひと?

 それこそ「化学工学」という分野を修めた「ケミカルエンジニア」ないし「プラントエンジニア」という技術者たちの仕事です。要求された量と品質の製品をつくるための処理法(プロセス)を構成し,それをおこなうための塔・槽類を設計し,必要なパイプの数と太さそして実際の空間的配置を設計します。もちろんひとりでは出来ず,普通はケミカルエンジニアを多数擁する専業の「エンジニアリング会社」が設計から建設まで請け負います。最終的な配管の設計は3次元的に考えなくてはならないので,かなりむつかしい作業です。以前は図面から30分の1くらいの模型を作り,それで実際に配管がぶつからないか,人がバルブを操作できるか,機器の交換ができるかなどを検討したものです。(この模型(エンジニアリングモデル)がまた職人の手によるものであり,数百万円から工場全体だとー千万円以上もしたそうです。)最近はコンピュータ上で3次元的に設計ができるようになりました。

Q7 工場全体が茶色っぽいのですが?

 製鉄所など鉄を扱う工場建物・設備はどうしても 原料の鉄鉱石の茶色の粉におおわれてしまいます。また工場からも「鉄の蒸気」が排出されます。水を加熱すると水蒸気が出るように,鉄も溶かすと「鉄の蒸気」が発生するのです。それが空気中で冷えて煤(ダスト)になり工場の建物等に付き,やがて工場一帯が 黒色になります。

Q8 真っ直ぐなパイプの途中で曲げてありますが?

 工場内のパイプの中はたいてい高温の蒸気や液体を流しますので,熱膨張によりパイプが伸びます。温度が20℃から200℃に上がることでパイプ1 mあたり3〜4 mmも伸びてしまいます。この伸びを吸収するためにあのように大きく曲げであるのです。線路の継ぎ目に隙間を作ることと同じ目的です。

 Q9 同じタンクがたくさん並んでいます。ひとつにしてもよいのでは?

 化学工場では類似の製品を多数作ります。各製品は「純品」として出荷するので,貯蔵中に他の製品が混ざってはいけません。このため製品毎に貯蔵用タンクが必要になります。また,ビール工場などの醸造業でも同じタンクが多数並んでいますが,こ ちらは熟成のためです。製造日毎に貯蔵し,低温で数週間熟成させてから順次出荷するので,その日数分のタンクが必要となります。

 Q10 セメント工場にある高い塔はなに?

 セメントは主に石灰石と粘土の粉を1,450℃で焼いて作ります。実際にセメントが出来るのはこの塔の下にあるキルンという回転する大きな筒ですが,写真の塔はキルンに入れる前に 原料の粉を900℃まで予熱する装置です。原料の粉は外側にある太いパイプ中を空気で吹き上げることで塔の上まで運びます。塔の上から原料の粉を落とし,下からキルンから出た熱風を送っています。塔の中をよく見るとお釜のようなものが何段にもつながっていますが,このお釜は「サイクロン」という筒です。最近は家庭用掃除機でも「サイクロン掃除機」が普及しています。「サイクロン」では筒のなかで旋回する流れをつくり, 粒子と空気を分けています。この塔でも多数のサイクロンで熱風と混ぜたり,分けたりを繰り返して,原料粉を落としながら加熱しています。 これもまた「熱交換」をおこなう装置ということになります。普通の化学プラントは液体を処理しているのでパイプは細いのですが,セメント工場は大量の空気(熱風)が循環しているので,太いパイプが特徴ですね。

 Q11 蒸気を吐き出している大きな建物?はなに?

 温水を冷やす装置です。冷水塔・クーリングタワーといって,工場でよく使われているものです。化学工場では原料の加熱・冷却を繰り返しています。その冷却はふつう熱交換器に冷却水を通すことでおこないます。当然冷却に使った水の温度は上がります。これを再度温度を下げ,冷却水に戻しているのが冷水塔です。構造は簡単で,棚段の上から温水を降らし,下から外気を吸い込んでいるだけです。水の蒸発熱により水自身を冷やすしくみであり,蒸発した水が水蒸気となって煙状に出ています。内陸にある原子力発電所にたいてい付属している巨大な円錐状の塔もこの冷水塔です。

Q12 製鉄所で見る,並んでいる面白い形の塔はなに?

 

製鉄所の高炉では鉄鉱石を高温空気で還元して,鉄を作っているのですが,その高温空気を作る「熱風炉」という重要なものです。あの塔の中に熱を蓄えるためのレンガが詰まっており,高炉から出る熱風の熱を貯めます。次いでそこに空気を通して,1300℃まで加熱してから高炉の下から吹き込みます。この操作を交互に繰り返すために,塔が複数(2〜4本)あります。塔の内壁は高温に耐える耐火レンガを内張りするので,そのレンガを積むために特徴的なドーム状の頭をしています。この熱風炉は1860年に開発されたという古い技術ですが,これも「熱交換器」の一種です。

Q13 プラントを構成する材料は?

当然耐食性の高いステンレス鋼です。特に条件が厳しい場合にはチタン材料も使うようです。いずれも普通の鉄よりは高価な材料です。こういう大きいものの価格は材料の単価×使った量(重さ)でほとんど決まりますので,例えば数百本のパイプだけから出来ている「熱交換器」はそれだけ材料をたくさん使うため,一台1千万円もします。なお,外側は断熱材で覆い,鉄板を巻いてあるのが普通ですので,外からは使われている材料はわかりません。

Q14 塔が紅白とそうでないのがありますが?

以前は航空法の規定で60 m以上の高さのものは煙突,電線の鉄塔,アンテナ,工場の塔など全て紅白の塗装とするように決まっていました。これが景観上の観点から改正されて,2000年以降は白色灯を点灯していれば灰色でよくなったそうです。以前も隣接する塔は一本だけでよいなどの例外はあったようですが,日本中の高いものがすべて紅白ということではなくなりよかったですね。

Q15 煙突の途中の面白いかたちは?

ゴミ焼却炉や石炭火力発電所などで排煙に塵(ダスト)が含まれている場合には,煙突から出す前に除去しなくてはなりません。これはそのための電気集塵機であり,塵に静電気をかけて,電極にくっつけることで塵を集める装置です。この方法は家庭でもマイナスイオン発生器としておなじみのものです。静電気を持った塵が空気中をただよって電極まで引き寄せられるよう,排煙をゆっくり流すためにパイプを広げています。

Q16 製紙工場の塔は階段の付け方が特殊ですが?

 製紙工場の高い塔は蒸解釜といって,木材を強アルカリ性の液で煮て,紙の繊維(パルプ)を取り出しています。この強アルカリ性の液はなにしろ木材を溶かすくらいですから人間にとってもたいへん危険なものです。万一この液が塔からあふれたり、漏れたりした場合にも人に触れないよう,階段を塔の壁から離して設置しているものと思われます。

Q17 プラントの色は多くは灰色ですが,カラーリングしたものもあるようですが?

プラントの配管,機器は保温材と鉄板で覆われており,外側はトタン張りそのまま,または塗装されています。この塗装の色は別に灰色と決まっているわけではありません。地域の条例などによる景観上の基準が優先されますが,基本的には企業の自由です。黄緑色や空色のプラントもけっこうあります。しかし,どうせ数年毎にこの大きいものを塗り直さなくてはならないので,あまり鮮やかな色は経済性の観点からも採用されないのではないでしょうか。


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